温かいシャワーを浴びていると、まるで今日のことは嘘だったのではないかと思える。

嘘じゃないことは、自分が一番よく知っているくせに。


途中で何度も座り込みそうになりながら、なんとかシャワーを浴びると、私は居間に行った。

そこには、難しい顔をした跡部先生がいる。



「髪、乾かせよ。」


「だって、歩が起きちゃう。」


「風邪ひくだろ?」



先生が、ドライヤーを出してくる。

その在りかを知っているのは、先生がこの家に馴染んでいる証拠だ。


先生は、そんなことする義務はまったくないのに。

私がいない間、いつも歩を見てくれて。

それなのに、それなのに私は―――



先生は、ドライヤーを持って私に近づいてくる。

思わず、後ずさってしまう私。



「どうして怯える?」



おかしいよね。

いつも、普通に接していたのに。

先生はお父さんみたいな存在なのに。

近付かれると、触れられると怖いだなんて。



「新庄、何かあったんだな。」



結局、壁際に追い詰められて、私は怯えた目で先生を見つめた。



「大丈夫だ。何もしないから。」



穏やかな穏やかな声で言う先生。

その声に、ほんの少し心が安らいだ。



「ほら。」


「……。」



ドライヤーを受け取る一瞬、手が触れ合って、思わず取り落しそうになった私。

それを見て、先生はとても悲しそうな顔をした。



「誰だ、新庄をそんなに傷つけたのは。」



問いかける、というよりはつぶやくように先生が言った。


私は、黙ってドライヤーをかけはじめた。


先生の言葉は、その音で消えて行った。