「ただいま!」


「お帰り、莉子。」


「姉貴、お帰り!」



私を待つ、あったかい家庭。

ここに毎日帰ってくることができるのが、今の私の幸せ。



「お土産買ってきたよ。ほら、金目鯛の干物!」


「うわ、うまそう!」


「さすが姉貴!」



照れ笑いをしながら、干物を冷蔵庫に入れる。



「何で静岡行ったのか、教えてくれるんだろ?」


「うん。芳樹さんが嫉妬しないか心配だけど。」


「嫉妬?……するかもな!」



ふふ、と笑いながらテーブルにつく。



「あ、俺外した方がいい?」


「ううん、歩にも聴いてほしい。」


「分かった。」



二人を前にして、私は語ったんだ。

歩にも内緒にしていた、あの旅行のこと。

住職さんのこと。

そして、その場所に一人で行ってきた理由を―――



「私、これでやっと、やっと。終わりにできたの。」


「莉子……。」


「私は、ずっと芳樹さんに後ろめたい思いがあったの。だって、先生のこと、ずっと忘れられなかったから。だけど、こうしてあの場所に帰って、私の思いはもう過去のものになったんだなって、そう実感できた。」


「俺、知ってたよ。」



歩が突然口を開いた。



「姉貴が、跡部先生のこと本気で好きだったってこと。それから……俺が林間学校に行ってる間に、何かがあったんだってこと。……それよりずっと前にだけど……、跡部先生はもう、先が長くないってことも。」


「歩……。」


「俺も寂しかったけど、姉貴はもっと寂しかったんだって、そう思って。俺は何も言わなかった。……だけどこうして、姉貴が幸せになれて、ほんとによかったと思う。……おめでとう、莉子姉。芳樹さんも。」



歩の気持ち、初めて聴いた。

なんだか、照れ臭かったけれど、やっぱり嬉しい。

小学生だったのに、約束通り歩は私のことを、ずっと守ってくれたね。



「莉子の気持ち、分かったよ。」



芳樹さんは、温かい笑みを浮かべた。



「俺は、一生その人には勝てないな。」


「芳樹さん……。」


「亡くなった人には、勝てないんだ。それは仕方ない。……でも俺は、莉子のことを想う気持ちはその人に勝てないまでも、負けない。」



彼は、きっぱりとそう言った。



「そして、俺はその人に嫉妬し続けるだろう。でも、だからこそ……結婚した後も、あなたにもっと、もっと好きになってもらえるように、努力します。」



温かい涙が、私の頬を伝う。

何て優しい人に出会ったんだろう。

私は、なんて幸せものなんだろう―――



「無理に忘れる必要はないよ、莉子。その人を思う君ごと、……俺は君を愛する覚悟がある。」


「芳樹さん……。」



歩が、不自然に立ち上がって扉の向こうに去って行く。

芳樹さんと顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。



「芳樹さん、本当にありがとう。……これからも、よろしくお願いします。」


「こちらこそ、よろしくお願いします。」



お互いに頭を下げた後、ふふ、と笑って。

そして、どちらからともなく、小さなキスをした。


ねえ、先生。

私にこんな幸せをくれたのは、先生なんだよ。

だから、怒らないでね。

先生は、私の命が果てるまで、ちゃんとここに生きているから。

私の、心の中に。



明日、私は結婚します。



~「カーテンコール」END~