ナポレオンは意味不明なことを言う。
けど、彼の言葉をよく頭の中で繰り返してみよう。
今日のうちに食べ終えなければならない。
てことは、つまり。
「ねえ、まさかとは思うんだけど。
まさかその素麺……」
あたしはいつものごとく、嫌な予感を感じる。
やばい。
ナポレオンが隣に住み始めてから、あたし、みるみるうちに第六感が研ぎ澄まされているような気がする。
いや、できれば当たって欲しくない。
が、
「これだ」
ナポレオンが提示したのは、素麺が入っていた袋だった。
そのパッケージの裏を見てみると、
“消費期限 2014年7月28日”とある。
つまりーーー今日だ。
神様はイジワル。
その言葉こそ、まさに今使うべきではないか。
「やっぱ消費期限寸前んんん‼」
「そういうことだ」
狂人のように頭を抱えて叫ぶあたしに、平然とした顔でナポレオンが言い放つ。
「つーかなんなのよ今日は!
パンといい素麺といい、今日は消費期限切れのオンパレードか‼
てかその素麺、どんだけ前から買ってあったのよ!」
「まだ我が輩が高校生だった頃だな」
「だいぶん昔だなオイ‼」
あたしはぜえぜえと息を切らし、ナポレオンの肩を押しのけようと腕を伸ばす。
「おい、どこへゆくのだ」
「帰んの」
「話聞いてたのか?我が輩は」
「いや、話は聞いてた。
……要は、ご馳走してくれるのを名目にして、消費期限切れる前に消費するのを手伝えってことでしょ」
「うむ。さすがは緋奈子。
ピタリ賞だ」
あんまり嬉しくないんだが。
あたしは思い切り力を入れてナポレオンをどかそうとする。
しかしこれこそ男と女の体の力の差というものなのか、ナポレオンは細っこいくせにびくともしない。
「ねえ、ほんとにどいて?
あたしも消費期限寸前の食品かかえてんの」
「なんだ、お前も消費期限持ちか。
我が輩のことを言えんな」
「だから、あたしはそっちを優先したいから、どいて?」
「大丈夫だ、緋奈子よ。
お前がどっちも食べれば問題はない」
ナポレオンは格言のように言ってのける。
いや、というか、あたしは大食いでもなんでもないから。
むしろ男のナポレオンのほうがいっぱい食べることができるのではないだろうか。

