隣の部屋のナポレオンー学生・夏verー



「はーどそーん、くそ。
マジしね」


ナポレオンはナポレオンで、ネギを切りながら盛大な悪口を並べている。

というか、この人、いじめられるキャラだったんだ…。

あたしの視点で見れば、ナポレオンはやられたらやり返す、って感じだ。

ああ、でも、むしろ破天荒すぎてほったらかしにされてる人だったのかもしれない。


「そんなにうざかったんだ」


あたしは水と汁の元を混ぜながら汁を作る。

小さな汁椀にツユを入れる。

素麺もセッティングは完了しているから、あとはナポレオンが葱を切るのを待つ。

……ま、これくらいできれば、あたしが見てる必要ないよね?


「あとは、ツユの中に葱を軽くひとつかみ入れて。
素麺は適当に箸でとって、そのままツユの中にドボンね」

「なんだ、意外と簡単ではないか」

「だから言ったでしょ、見張りなんかいらないって」


うむ、と元の調子に戻ってうなづくナポレオンに、あたしは「んじゃ」と手を振った。


「む?
緋奈子よ、どこへゆくのだ」


戸口の方に足を運ぶあたしを、ナポレオンがふと呼び止めた。


「どこって、部屋に帰るのよ。
昨日食べ残したパンも食べなきゃだし」


そう、コンビニで安売りして小倉ロールパン。

ちょっと前に買ったのがあったんだけど、量もあったし食べきれなかったんだよね。

消費期限もあと間もないし、今日のうちに食べておかなくてはならない。


「じゃ、ばいばい」

「緋奈子どの!ちょっと待った!」


ナポレオンは急にあたしの呼び方を変え、急ぎ足であたしの前に立ち、両腕を広げて行く手を阻む。


「なに?」

「緋奈子よ、それは困るぞ。
我が輩はてっきり、お前も一緒に素麺を食べて行くと思っておったから…」


へ……?

それってもしかして、一緒に食べようと思ってたってこと?

でも確かに、一人で食べる分にしては、茹でた素麺の量は多かったけど。


「んー……ごめん、気持ちは嬉しいけど、あたしも残り物片付けなきゃだし」

「あれだけの量を我が輩に食べろと?
お前は我が輩を殺す気か」


ナポレオンは幼児のように下唇をへの字に曲げて反論した。


「って、そんなこと言うんだったら、素麺一袋も茹でなけりゃよかったじゃない」

「いや、あれは今日に食べ追えねばならぬのだ」