「緋奈子、緋奈子よ」


朝早くから(といっても、時は既に午前9時になるが)ナポレオンが煩いまでにチャイムを鳴らすので、寝ていたあたしはのっそりと体を起こした。


小学生じゃないんだから、もう少しゆっくりと鳴らして欲しいものだ。


なんて思いながら、あたしは大あくびしながらナポレオンのいる扉の向こうへと足を運んだ。


戸を開ければ、じーわじーわと蝉が喧しくないている。


耳を覆うような長い髪が暑かったのか、ナポレオンは肩にかかる長髪を首の後ろでひとつにまとめている。

しかも白のタンクトップに膝丈ほどしかない迷彩のズボンという、蝉でも捕りにいくかのような格好から察するに、どうやらこの暑い中、扇風機さえ使っていないようである。

いまは夏季休暇を間近に控えた7月の中旬だ。

ついこの間までは清涼な風が吹いていたのに、これも地球温暖化のせいなのか、早くも猛暑日となっている。


アパートの屋根のおかげで戸口の方まで陽は入ってこないけれど、それでも日差しは強いし、紫外線も用心だ。


それなのに、ナポレオンは汗をかいているわりに日焼けしておらず、相変わらずの白い肌だった。

いや、ずっと部屋に籠っていたからなのかもしれないけど。

それにしても羨ましい。

あたしなんか、日焼け止めは欠かしてないのに、ちょっぴり焼けてきてるのに。


「どしたのよ」

「暑いから早急に済ませるぞ」


あたしの問いかけに、ナポレオンは素早く答える。

いくら猛暑の中のエジプト遠征にも耐えたナポレオンとはいえ、暑いものは暑いらしい。


「すこし頼まれてはくれまいか?」


ナポレオンはあたしの前で合掌する。

いつものデカイ態度での頼みごとじゃない。

ホントに困り果てた感じだった。