先生の家に持っていった荷物は、カバンひとつだった。

だから、帰ってくるときもカバンひとつ。

買ってもらった服は置いて来た。


何となく、悪いから、というのもあるけれど。

何もかも持ってきてしまったら。

先生の家から、私のいた痕跡をすべて消し去ってしまったら。

あの日々は、本当に夢のなかの出来事になってしまいそうだったから。


たまとシロは連れてきた。

そうしないと、二匹はごはんが食べられないから。

だけど、もしもこのままになってしまったら。

先生が家族だと言っていたたまを、先生から奪うことになってしまわないか心配だった。



「陽さん……。」



縁側でぼんやりと空を見つめる。

どこに行っちゃったの、陽さん。


陽さんは、言ってくれたじゃん。




―――「私は、私自身よりもあなたのことが大事だと、言ったではないですか。」


―――「あなたを失ったら生きていけないと、言ったじゃないか唯!」




そう言って、私のために怒ってくれたじゃんか。


それならどうして。

どうしてまた、消えてしまったの?

どこに行っちゃったの―――



深いため息が、空に溶けていく。

梅雨の時期は、どの時期よりも先生を感じる。

雨の日には、先生を思い出してしまうから。



「陽、さんっ、」



先生との確かな未来なんて、夢だと思っていた。

それはやはり、夢になってしまうのだろうか。


このまま、先生と会えないまま、私は前のように生きていかなければならないの?


だけど、私―――



これまでのように生きていくなんて。


先生を知らなかった頃のように、生きていく覚悟なんて。



できるわけ、ないよ―――