そして、やっと私にやってきた平穏な日々。

先生の帰りを待つだけの、静かな毎日。

それが、どれほど貴重なものか、分かった気がした。


やっぱり誰だって、好きな人と一緒にいたいよね。

きっと、「カナちゃん」という人は、そんな単純な動機であんなことをしたわけではないと思うけれど。


これは、私の憶測でしかないけれど―――


カナさんは、玲さんのことが大好きだったんじゃないだろうか。

そんな自慢のお姉さんのところにやってきた、優しい天野先生。

彼に魅かれていく自分を、カナさんは許せなかったんだと思う。

大好きなお姉さんの、旦那さんになる人を好きになるなんて。


考えただけで苦しい。

絶対に叶わない、叶っちゃいけない恋だからこそ、本当に苦しかったと思う。

私が高校のとき、先生の指輪を見る度に胸を痛めた、その何倍も。

カナさんは、苦しかったんだと思う―――


そして、事故が起きて。

大好きなお姉さんが、植物状態になって。

15年の間、そばにい続けた先生を、カナさんは一体どんな気持ちで眺めていたのだろう。

どれほど、切なかっただろう―――


それなのに、先生は15年経って、私を選んでしまった。

先生のせいではないけれど、結果的に玲さんは、繋ぎ止められていた命を絶たれた。

例えそれが、玲さんの望みであったとしても。

カナさんは、先生を恨んでもいい立場なのに。

それでも、やっぱり、先生を恨むことはできなかったんだ。

ずっとずっと秘めてきた愛しい気持ちは、そんなことで簡単に消えるようなものではなくて。


だから、カナさんはその矛先を、私に向けた。

いけないことだと、先生をも傷付けることだと分かっていながら。


カナさんは、私よりもっともっと、もっと苦しかったんだ。

だから、私は彼女を憎めない。

先生もそれが分かっているから、「ずっと私の大切な妹だ。」って、優しい言葉を掛けたんだろう。


人生って、何て切ないんだろう。

上手くいかないんだろう。

それでも私と先生が一緒にいられることは、奇跡以外の何物でもないんだ。