買い物袋を提げて、来た道をたどる。

カナちゃんは、現れそうにない。

私は、何だか拍子抜けしていた。


これなら案外、普通に外出できるかも……。




ほら、気付いたらもう先生のマンション。

2階だから、いつも階段で上る。

私は、完全に油断していた。


トントン、と早足で階段を上っていく。

一番上の段に足を掛けたときだった。




「あ、」




目の前に現れた人影。

その人に、私は両肩をトン、と押される。

手すりを掴む暇もなく、私は後ろ向きに倒れて―――



ドドドドド



「うわっああああ!」



何が何だか分からない。

ただ、長い階段を一番下まで転げ落ちたことは分かる。



「いった……。」



命に別状、なし。

両足とか肘とか、見るのも嫌なくらい擦りむいたけれど。



あ、カナちゃんは―――



はっとして見ると、もうそこには誰もいなかった。

だけど、突き落とされる瞬間、確かに見た。

一週間前に、尋ねてきた女性だ。

それに、私の足首を掴んだ手だった。

ベージュのマニキュア、よく覚えている。



「どうした!!!」



駆け寄ってきたのは天野先生。

タイミングがいいのか悪いのか。

まだ起きられない私を見て、きっとびっくりしたことだろう。



「転んだの?」


「……そうです。」


「可哀想に。ほら、手当するから部屋に行こう。」



散らばった買い物袋の中身を、先生が袋に入れて片手に持つ。

そして、立てない私を抱き上げようとする。



「え、陽さん、だ、大丈夫です!」


「大丈夫じゃないです。」



軽々と私を抱き上げる先生。

なんだか恥ずかしくて、顔が真っ赤になってしまう。



「今さら何を恥ずかしがっているの?」



くすっと笑って先生が言う。



「余りにも可愛いメールをくれるものだから、何だか気になって早く帰ってきたんだ。よかった、帰ってきて。」



うん、よかった。

先生が帰ってきてくれて。

この恐怖に震える心は、先生以外では癒されない―――


階段から落ちて、打ち所が悪ければ死ぬ場合もある。

あの人は、本気なんだ。

もう、どうしたらいいのか分からない。

分からないよ、先生。