急に相槌を打たなくなった紫が、俺を見る。
何と無く不愉快そうな顔に見えんのは…気のせいか?
流星は更に、架空の結婚話しを進める。
『大樹の家に、君の知らない女性が嫁いで来た。
そうすると…君達の関係は今までの様には行かない。
大樹にとって一番近い距離に居る女性は…紫じゃなく妻だ。
今までの様に電話で大樹を呼び出そうとしても、彼はすぐに来てくれない。
「嫁に買い出しに付き合えって言われてっから、後でな…」
そんな風に言われる事が、度々あるだろう。
子供が出来れば更に家族優先になり、紫との距離は開いて行く一方。
いつも君の隣には大樹が居てくれた。
大樹の隣は自分のポジション。
それが当たり前だったのに…
これからの人生、大樹の隣に居るのは、紫じゃなく……』
「やだ…」
紫が掠れた声で呟いた。
流星はその声が聴こえたかの様に、架空の話しを止めて頷いた。
酷く辛そうな顔して俺を見る紫。
流星じゃなく俺に向けるその顔と言葉に…驚いていた。
「やだ…嫌だよ大樹…」
「…紫…泣いてんのか?
…何で…」
「だって…大樹が…
大樹が…私以外の女の人を大事にするなんて……そんなの堪えられない!」
「…マジで…?」
紫は俺の腕を強く掴む。
唇をフルフル震わせ、真っすぐな瞳に涙を浮かべ、
もう一度「嫌だ…」と俺に告げた。
今この瞬間、潤む瞳が鏡の様に映し出したのは…
流星じゃなく、俺だった…
やべぇ…
嬉し過ぎて、俺まで泣きそうだ……
長年押し込めて来た想いが一気に解き放たれ…
夢中で紫を引き寄せ、胸の中に強く抱いた。
「安心しろ…
俺は結婚なんてしねぇよ…お前以外の女とはな……」
紫が頷きながら、俺のTシャツの胸元で涙と鼻水を拭く。
もうタオル扱いでもティッシュ扱いでも、何でも構わねぇ。
腕ん中に入って来てくれんなら…何でもいいよ……


