網戸を通して入って来ていた、外からの観光客の声は、もう聴こえなかった。
時刻は1時を回っているから当たり前か。
みんな宿に帰って、寝てんだろうな。
真夜中の部屋ん中に響くのは、相変わらずの煩ぇ虫の音と、
「すぴすぴ」言ってる、紫龍の寝息だけ。
紫は同じ姿勢のまま、膝を抱え紫龍をじっと見ている。
チビを通して流星を想い出してんのは、淋しげに微笑むその顔を見ればすぐに分かる。
そんな紫の顔を見ながら、俺も流星の事を考えていた。
あいつは…紫龍を抱けなかったなって……
紫龍が産まれたのは、あいつが死んで二時間後の事だ。
死に急ぎやがって…
自分のガキの面くらい見てから逝けってんだよ…
まったくあいつは……
あいつは……
いや…悪りぃ…
本当は文句なんて、言えねぇんだ。
俺…何であん時、あの場に居なかったんだろうな…
バカだな俺…
それが今でも悔やまれる。
あの時、紫の側にもし俺が居たなら、お前はもう少し生きられたよな……
流星……すまねぇ。
それから、ありがとな。
今更礼なんて言った所でお前には届かねぇって分かってっけど…
一言、感謝の言葉を言いたかったな……
流星の最後は、ベットの上で静かに心臓が止まった訳じゃなかった。
あの頃あいつの心臓は弱ってきてはいたけど、もう少し動ける状態だった…
それなのに…
心臓が自然に壊れる前に、あいつは死んだ。
紫と、腹ん中のチビを守ってな……
これから話すのは、あいつの最後の時。
俺は自分ん家の畑で、あの場に居なかったから、
これは後から聞いた事を、合わせた話しになるんだけどよ……
――――――…
―――……
三年前の今日、7月19日。
観光シーズンど真ん中の、忙しく暑い夏。
その頃のあいつは、体調があんまし良くなかった。
その半年位前から急激に心臓が弱りだし、顔色は悪く時々息苦しそうにもしてた。
走る事は完全に出来ねぇ。
ガキの頃みてぇに、少し歩いただけで唇が紫色になってよ…


