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[夢で逢えたら…side 紫龍]




夏のある日、俺は夕陽を浴びる書斎にいた。



開け放した窓からは観光客の声と、駐車場の車の音、それから父さんの畑のトラクターのエンジン音も微かに聴こえていた。



その音を耳にしながら一人書斎の机に向かい、本を読む。



時折吹き込むラベンダー色の風が、俺の茶色の前髪を優しく揺すっていた。



夏の観光日和の夕暮れ、家族が皆働いている中で、俺だけ呑気に読書している。



大地は元気に保育園だ。

俺が面倒見る必要はないのに、なぜ俺は家にいるのか……



ふとそう考えて
「ああ、そうか」
とすぐに納得した。



手元のフランス語の本から視線を離し、部屋全体を見回した。



いつもの書斎だ。

しかし、いつもと違う点もあった。



丸い壁掛け時計は秒針が進んだり戻ったり、スピードを上げたり止まってみたり…

今は夕陽が差し込む時間なのに、勝手気ままに遊ぶ時計の短針は、10時を指していた。



壁をぐるりと取り巻く書棚もおかしい。

数百冊の本達が、日本語、フランス語、ロシア語、英語…

書かれている各国の言葉で、ひそひそコソコソとお喋りしていた。



これは夢だと気付き納得する。

夢の世界では非現実的なストーリーが展開するのが定石だ。

時計が勝手に動こうが本達が会話していようが、驚く理由にはならない。



平常心で再び手元の本に意識を戻そうとした。

すると今度は机上の写真立てが俺を呼ぶ。




「紫龍…紫龍…聞こえる?」



「…… 父さん?」




これには幾らか驚いた。

しかし「そうだった、今は夢の中にいたんだ…」

再びその理由ですんなり納得し、怖くも不思議にも思わなかった。