彼女は落とせない。どんなに言葉を尽くしても、心を揺さぶっても。


国武涼(くにたけ・りょう)は、彼女―担任教師、吉川かおり(きっかわ・かおり)の国語の授業を受けながら、頬杖をついて彼女の姿をじっと目で追っていた。


彼女を思い続けて、もうどのくらいになるだろう。涼は、教科書のページを適当に繰ってきちんと授業に参加しているようなふりをしつつ、そんなことを考えていた。


―入学式の後の、あのホームルームの時だから、もう一年近くになるのか。今が2月だからな。


涼は懐かしくなった。そう、あのホームルームは忘れられない。高校デビューの際の、恥ずかしいような、嬉しいような微妙な感情の入り交じった中で、彼女は親しげに声をかけ、涼が問題を抱えて登校しなければならないことを受け入れ、優しくクラスメートに紹介してくれた。しかし、何より涼の記憶に刻まれたのは、彼女の茶色がかった大きな目のふちから、かすかに血が流れた痕があったことだった。


優しげな、涼の好きなチョコレートコスモスに似た色をした瞳から、血の涙を流した女教師―涼の関心を引き付けるには十分だった。そして、涼は彼女を名字から「キッカ」と愛称で呼び始め、キッカに言わせれば「つきまとい」始めたのだった。