「甘い声……もっと、もっと聞かせて」

「っ……は、」


口づけじゃなくて、何かが耳へと這わされる感覚。

それが舌だと分かった時には、私の手は目の前の、黒のジャケットの胸元をギュッと握りしめていて。


頭がクラクラする。

何も考えられない。


冷房がついているのに、身体中が沸騰するほど熱い。


耳から首、鎖骨へと唇が下に落ちていく。


「ここも、ここも、ここも。
こんな甘い声も、ぜんぶ……ぜんぶ俺のものですよ、お嬢様」


力が入らなくなって、掴んでいた手が滑り落ちそうになったけど、そっと掌で受け止められた。


「俺だって、お嬢様をこうすることは簡単です。
分かっていただけました?お嬢様のそばにお仕えしている俺も、その内の1人にすぎないのだと」


「はっ……い……っ」


いつの間にか一人称が変わっていることも。


「いくら俺が執事だからって、安心……すんなよ?」


敬語が外れて、ただの普通の男の人にしか見えなかったことも。


「美都のこんな姿は、俺だけが独り占めしたいから」


初めて、名前を呼び捨てされたことも。


熱のこもった眼差しが、私を愛おしいと言わんばかりに見つめていたことも。


「もう、だめ……っ」


「……美都?
み……お嬢様っ!!」



これは全部夢、なのかな……

うん、きっと夢を見ているんだ、私……


黒木さんの焦る声が聞こえたけど、まぶたはどんどん重くなって周りが真っ暗になっていく。


黒木さん、敬語をとるとあんな感じなんだ……


意識が薄れゆく中、頭の片隅でそんなことを考えていた。