「神楽、お前、どこ座ってんの?」
お昼前に起きてきた霧生が、幹部室に来た途端に、私の座る場所を見て不機嫌な声を出す。
「この席空いてるじゃん。広々と座れるしいいよね」
4つあるソファーの1つが何時も空いてたから、私はそこを上手く利用する事にしたんだ。
ちなみにテーブルを挟んで総長の対面になる。
「はぁ? 朝っぱらから意味の分かんねぇこと言ってんな。お前は俺の子猫だろうがよ」
乱暴にソファーに身体を預けた霧生が、気怠げに髪をかき揚げ私を睨んだ。
「き、霧生の子猫は卒業するもん。それにもう今はお昼だよ」
あからさまに拒絶を示す私に、ますます眉間のシワを深めた霧生からは、何とも言えない空気が漂う。
恋愛ベタな私の距離の取り方が何とも陳腐な行動になってしまってるのは否めない。
だけど、もう決めたから、霧生に甘えないって。

「はぁ? 寝言は寝てから言え。早く戻ってこい」
「嫌だよ。総長もここで良いって言ってくれたし」
「チッ···」
「とにかく、私は自立するからね」
お互いの為に、それがいいに決まってるよ。
「···うちの気まぐれな子猫が巣立ちかよ」
自分の髪を乱暴に掻き混ぜた霧生の瞳が悲しげに揺れる。
胸が締め付けられて、自分で決めた決意が呆気なく崩れそうになった。
側に行って、嘘だよって笑えたらどんなにいいかと、私だって思う。
霧生と溜まり場でいつも通りに過ごすぐらい許してもらえるかな、と考えた途端、舞美さんの悲しげな顔が頭に浮かんだ。
駄目だ···影で、内緒で、なんて言うのが一番ダメだよね。
私が舞美さんの立場だったら、そんなの不安でしかないよ。
やっぱり仲間として適切な距離を保とう。

「私も野良猫の一員として自覚したから、風紀を乱すような事は今度しません」
きっぱりと宣言する。
「はぁ? なんの宣言だよ。まぁ、好きにしろよ。俺も好きにする」
呆れ顔で私を見た後、霧生はゆるりと口角を上げた。
その表情に危機感を覚えゾクッと粟立つ背中。
「き、霧生はおさわり禁止だからね」
顔の前でバッテンを作り、拒絶を示す。
「まぁ、頑張ってみればいいんじゃねぇか?」
意味有り気な霧生の笑みに、この先の戦いが難しいモノになる予感がした。

この日から霧生と私の追いかけっ子が始まることになるんだ。