ぺこりと頭を下げる。これ以上ここにはいられない。それに、おばあちゃんに連絡しなくちゃ。お父さんは生きていて、どこかで元気に創作しているって。

「まあ、そう急ぐな。さっきお前がメイクを落としている間に、ルームサービスを二人前注文してしまった。そのうち届くはずだ」

 社長が食べるルームサービス……美味しいものに違いない。思わずごくりと喉が鳴る。

「い、いえ。帰りますっ」

 子供じゃあるまいし、食べ物につられてどうする。首を強く横に振る私に、社長がくすくすと笑いを漏らす。何がおかしいのよ。

「思ったより意識していただけたようだ」

「な……」

「さっきのことは、謝らない。お前は必ず、俺のものにする」

 お父さんの電話による乱入で一度ぶち壊しになった、甘く濃密な空気が社長の首元から噴出して一瞬にして部屋中に満ちる。

 このひと、何を考えているか全然わからない。

「き、聞かなかったことにします!」

 私はバッグを掴んで社長を押しのけ、やっとの思いでバスルームからの脱出に成功した。少し段差があって転びそうになったけど、なんとか耐える。