がさり、とかすかな物音が聞こえて、私は先生のワイシャツから顔を上げた。

ひと気のない中庭の、さらに隅っこの木が生い茂った物陰。

こんな場所、誰も来ないと思っていたのに。
 

先生の後方数メートル、ざわざわと枝を揺らす木の下で、その人は立ち止まった。

私と視線がぶつかると、一瞬驚いたように目を丸め、それから――笑った。

教室で見るのと同じ、くしゃっとした屈託のない微笑みに、私のこわばった体はわずかにゆるむ。


もしかして、見なかったことにしてくれる――?


でも次の瞬間、彼は静かに唇をつり上げた。
 

整った顔に浮かぶのは、不気味な薄笑い。
 
それは合図だった。
 

高校1年の1学期。

まだ始まったばかりの学校生活に、嵐を呼び寄せる強い風が、頭上の枝葉を乱暴に揺らしていった。