-----その店を見つけたのは、ほんの偶然だった。




 仕事帰り。
 いつもより遅い電車に乗り込んで席に座る。
 心地よく身体を揺らす電車の振動と走行音が、
疲れた身体を眠りに誘ってくれて、俺はまもな
く眠りに落ちた。



-----ガタン



 扉の開く音に、はっ、として目を覚ます。
 見慣れぬホームの、見慣れぬ駅名が視界に飛び
込んでくる。俺は弾かれたように身体を起こし、
ドアの隙間からするりと飛び降りた。

 「……どこだ、ここは?」

 はあ、と息をついて、駅の看板を見上げる。
 どうやら、ひとつ先の駅らしい。
 俺はそのことに、ほっ、と胸を撫で下ろして、
ゆっくりと改札をくぐり抜けた。

 初めて降りたその駅の、線路沿いを歩き出す。
 ふと、暑苦しさを感じてジャケットのボタン
を外すと、心地よい風が汗ばんだシャツをすっ、
と撫でてくれた。


 昨夜も、ほとんど眠れなかった。
 だから、うっかり寝過ごしてしまった。

 いつもと違う風景を歩くハメになった理由を、
ぼんやりと考えながら、俺は何気なく視線を
線路の向こうに移した。そして、足を止めた。

 人気のない暗い通りの真ん中に、明るい光に
照らされたレトロな看板があった。
 じっと眼を凝らして見れば、それは小さな
BARの看板のようで……

 俺は、その光に導かれるように線路を渡った。

 「へぇ」

 看板の前に立った俺は、古びたレンガ造りの
階段を見下ろした。重厚感のある木製のドアが、
橙色のライトに照らされている入り口は、隠れ
家のような雰囲気を醸し出している。

 幸い、今日は金曜の夜で、明日も明後日も
特別な用はない。時計の針は10時を過ぎた
ところで、無論、終電など気にする必要も
なかった。

-----せっかくだから、一杯飲んでいくか。



----コツコツコツ。



 背後を急ぎ足で歩くヒールの足音を聞きなが
ら、俺はその古い階段を下りた。




-----カラン。



 想像していたよりも重い扉を押し開ける。
 薄暗い店内は、落ち着いたジャズピアノが流れる、
心地よい空間だった。