【美濃side】

 ――翌朝、私は侍女に起こされ目覚める。

 瞼を開き見上げた天井。ここが公営住宅の自室ではないと認識し、昨夜のことが夢ではなかったのだと改めて実感する。

「帰蝶様、おやすみのところ申し訳ござりませぬ。朝餉(あさげ)の用意が出来ました。小見の方がお呼びでございます」

 私は起き上がり、侍女に一礼をする。
 挨拶をするために口を開いたが、やはり声はでなかった。

「数ヶ月も病に伏せ、お声が出なくなったとうかがいました。されど病が回復し、ほんにようございました。一時は危篤に陥られ、たいそう心配致しましたが、今朝は顔色もすっかりよくなられ、多恵(たえ)は嬉しゅうございます」

 ホロホロと涙を溢した侍女の名は、多恵。帰蝶にずっと仕えていたようだ。

 多恵は明るい性格で、とてもよく喋る。
 私の着替えを手伝い、着物を着せてくれた。赤い着物に矢羽根に花丸紋の扇子が描かれた煌びやかな姫衣。想像していたよりも、ずっしりと重い。

「帰蝶様の黒髪は、とても病に伏せておられたとは思えぬほどに、艶やかで美しい黒髪でございますね」

 多恵は私の髪を櫛でとき、おすべらかしに整え、唇に赤い紅をさした。

「ほんに美しいこと。さあ、こちらへ」

 私は多恵の言葉に従い、小見の方の待つ座敷へと向かう。座敷で正座し、三つ指をつき頭を垂れた。

(おはようございます)

「帰蝶、昨夜はよく眠れましたか?」

(はい)

 小さく頷くと、小見の方も優しい笑みを浮かべ頷いた。

「それはようございました。朝餉(あさげ)が出来ておりますよ。こちらに座り、ゆるりと食するがよい」

(はい。ありがとうございます)

 私は小見の方の向かい側に座り、両手を合わせ(いただきます)と、口を動かした。

 声を発することは出来ないが、口を動かすことで、少しでも相手に気持ちが通じると思っていた。