その夜、信也はバイクであたしをアパートまで送ってくれた。

 帰りたくなくて、グズグズしているあたしの背中を、大きな手でドンッと突き放す。

「紗紅、家族とちゃんと仲直りしろよ。またいつでもメールしな。じゃあ、またな」

「……おやすみ」

 仲直りなんてしねーよ。
 何で、そんな優しい目であたしを見るの。自分もヤンキーだったくせに、いい子ぶらないでよ。

 信也のバイクが夜の闇を走り抜ける。

 あたしを捨て猫みたいに置き去りにするなんて、どういうつもりだよ。

 あたしのこと、好きじゃねーのかよ。

 外灯に照らされ、公営住宅を見上げる。

 帰りたくないけど、野宿する勇気もないし金もない。ここしか帰る場所がない。

 二度と戻らないと飛び出した階段を上り、玄関の鍵を開けこっそり室内に入る。母も姉ももう寝静まり、ダイニングテーブルの上には、サランラップがかけられた夕飯が置かれていた。

 伸びきったカップラーメンが啜れなくて、結局何も食べていないあたし。お腹の虫がグーッと音を鳴らす。

 お皿にはおむすびが2つと、野菜サラダとコロッケが2つ。コロッケはミートコロッケとカレーコロッケだ。

 またか……。

 お皿の横には1枚のメモ用紙。
 綺麗な文字はお節介な姉の字。

【紗紅、お帰りなさい。明日学校だからね】

 あたしが帰ってくると思ってたんだ。
 あたしは何処にも行けないと思ってんの。

 いつかきっと……
 こんな家、出て行ってやる。

 あたしはメモ用紙を丸めてゴミ箱に捨てる。お皿を乱暴に掴み自分の部屋に入る。

 四畳半の狭い部屋。小さなテーブルの上にお皿を置き、コロッケをパクつきながら信也から借りた本を捲る。

 ―織田信長―
 2歳にして那古野城主となった。尾張の大うつけと呼ばれ、身分に拘らず城下の若者とも戯れ、奇抜な行動ばかりしていた。
 別名、第六天魔王、赤鬼。

 赤鬼か……
 どんな奴だったんだろう。

 姿絵はどことなく目元が信也に似ている気もする。いや、信也の方が断然イケてるな。

 あの目で見つめられると、野良猫のあたしも従順な仔犬になる。

 あたしと信也……。
 出逢いは偶然、必然、それとも運命……。

 風もないのに、パラパラと本のページが捲れた。