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「ははっ、そう怒るな。悪かったよ。それで、百合はいつになったら俺を好きになってくれるんだ?」
夜の街を走る車の運転座席で、榛名さんはぼそり、と呟いた。
電車で帰るつもりが、見事に言いくるめられて結局車で送ってもらっている。助手席に座る私をちらり、と見やった彼に、何も答えられない。
ーー榛名さんを好きか嫌いかで言ったら、たぶん好きだ。
少々強引で乙女心に鈍感なところがあるが、それ以上に人を惹きつける魅力がある。クールで近寄りがたそうに見えて、実は素直で優しいところとか、少年っぽいあどけなさがありながらも時折恋愛慣れしているような大人な色気を感じさせるところとか。
とにかく、好きになる理由を挙げたとすれば、数え切れないほどあるだろう。
しかし、私はどうだ?
社長令嬢から転落し、多額の借金を抱えたあの日から、自分に自信が持てずにいる。
今だって、変に期待させるよりすっぱり誘いを断って自力で帰ればよかったのに、彼の優しさに甘えてしまった。
私は特に容姿が整っているわけでも、ずば抜けてエリートなわけでもない。しかも、多額の借金を抱えた貧乏アラサー。彼の隣に並ぶ自分を何度思い描いても、いっときの夢のようにしか思えないのだ。
「…あの、榛名さん。私…」
「いや、悪い。余裕がないのは見苦しいな。返事は急がなくていい。戦略的な交渉は長期的に行うものだ。」
そんな、難攻不落な会社のように言われても。まるで企業提携を結ぶ算段を聞いているようだ。
「…どうして、私なんですか。」
「ん…?」
「会社にだってセレブ仲間だって、綺麗な人はいっぱいいるでしょう?私のどこが、その…す、“好き”なんです?」