三
女という生き物が理不尽にキレる、なんてことはとうの昔に身をもって学んでいた。
一方的なメールに対しての返信が遅いだとか来ないとか、なにかしらの記念日を忘れているとか、そんなことで簡単に怒る。
俺はそんな自分ルールを押し付けてくる女が、嫌いだ。
「おかえりなさい。たっくん」
「ただいま」
十五の俺を、幼少期と変わらずに今でも『たっくん』と呼ぶこの女が――心底嫌いだ。
「今日は、いつもより遅かったのね?」
帰るのが少し遅れたくらいなんだよ。
俺もう高校生なんだけど。
「ちょっと先生にわからないところ質問してきた」
「先生って? どの先生?」
「英語の西田先生」
こんなときのために用意してある回答は無数にある。
「ああ、スーツを着た気難しそうな……ベテランの。そう、あの先生に教えていただいていたのね」
母さんは、気持ち悪いくらいに俺のことも、俺の身の回りのことも、把握している。
「それで?」
「問題ないよ」
「そう。よかったわね。もしも勉強についていけないようなら、家庭教師の先生に――」
「大丈夫。課題してくるよ」
「飲み物、持っていくわね。おやつは夜ご飯が食べられくなるから今日は抜いておくわ」
母さんの中で、俺は、子供のたっくんのままなのではないだろうか。
「……ありがとう」
「いいのよ。今夜は大好きなハンバーグよ」