─日夏side



「猪原くん〜、これもらって!!」

「私のも〜!!」


甘ったるい、女子の声が聖の名前を呼び、“物”を差し出す。


聖と呼ぶようになったのは、昨日だ。

放課後、名前で呼ぼうということになって、私は聖と呼んでいる。


そして、その“物”とはいわゆる、チョコレートである。


なぜか?


それは、今日。

バレンタインデーだから。


昨日、クラスのみんなに『コイツ俺のだから』というふうに言ってくれた。


なのに……。


女子は諦めず、綺麗にラッピングされたチョコレートを渡す。


だから、私は聖に賭けて、断ってくれることを祈った。


だけど、

「んー、ごめん。俺チョコレートキライなんだ……」


聖からの返事は、なんだか複雑なものだった。


なら、チョコレートじゃなかったらいいの……?


なんて、ヤキモチを妬いてる私もいて。


「あ、なら! 私クッキーもあるんだ!」


そう言って、クッキーを取り出そうとする子。


「あー……。言い方間違えた。俺お菓子とかそーいうのも全部ムリなんだ」


断ってくれたのは嬉しい。


だけど、


だけどね……?



私もチョコレート作ってきたのにっ!!


そーいうのキライなら、もっと早く言ってほしかった……。


どうしよ……。



捨てたほうが、いいのかな……。


でも、せっかく作ったんだし。

そう思って、カバンの中にしまった。


そして、放課後の帰り道。


隣で歩く聖。


はあ……。

チョコレート、渡したかったな……。



なんてガッカリしていると、


「なあ」

突然、話しかけられた。


「……?」


目線が高い位置にある聖を、下から見つめた。


「今日、なんの日か知ってる?」


バレンタインデーじゃないの?

と思ったので、私はそう聞いた。



「知ってんじゃん」


「ま、そりゃーね」


ずっと楽しみに待ってたのに。


「ならさ、」


「?」

「俺にチョコレートはないの?」


え……。


「え、聖ってチョコレートとかお菓子キライなんでしょ?」


「は? 普通に好きだけど?」


「いや、でも、今日女の子たちにチョコレートもらったときキライって……」


そこまで言うと、聖は納得したように「あぁ」と呟いた。


「あー言わないと、しつこいだろ? 俺は日夏のだけでいいし」


──ドキッ


どうして、そんなこと言うかな。


照れちゃうし……。


「なあー、ねーの?」

「あ、あるよっ!!」


私はカバンの中から差し出すと、チョコレートを聖に渡した。


黙々といつものように食べる聖。


そんな聖に私は言った。


「聖、甘いものキライなのかと思ってた」


聖は、そんな私を見て少し驚いた顔をすると、すぐニヤリと笑って言った。


「なに言ってんの? 甘いもの好きかどうかなんてお前が1番知ってんじゃん」


「へ……? どうして?」

理解できず、首を傾げると、聖は私の耳元で



『いっつも、甘いキスしてんじゃん』


ななっ……!?


「ば、バカぁあああ〜……っ!!」


真っ赤に染まった頬を手で覆い、ドSへと変わってしまった聖に



ドキドキしている私は、聖のことがこんなに好きなんだと思い知ったバレンタインでした──。