「ここで暮らす条件。
それがこいつらの家族の一人と関係を持つなんだよ。
椿は初と、柚子は快の親父と、な」


暮らす条件。

理解できない。

なんでそんなことをしなくちゃいけないの?

恋人を裏切ってまで、三雲さんと関係してまで、ここにいたかった理由はなに?

わたしの頭で抱え込むには限界だった。

姉の気持ちがわからなくて、そして気持ち悪いと思った。

突然こみあげてくる吐き気に、慌てて口を手で押さえる。


「蜜花っ」


初ちゃんが手を伸ばしてくるのが見えて、反射的にそれを避けてしまった。


『椿は初と』


そういったシゲさんの声が頭で木霊する。

一瞬傷ついた表情を見せた初ちゃんは、シゲさんに向き直りキッとした鋭い眼を向けた。


「お前……よく知りもしないくせに……」


「でも事実だろ? 柚子がお前の親父にもてあそばれてたのは」


「やめてっ!」


自分でも驚くほどの大きな声が口から出た。

もう十分だった。

わたしの記憶の姉さんが怪我されたような痛み。

これ以上はもう聞きたくない。


床に崩れたわたしは、そのまま両手で顔を覆い尽くした。


「あとは快に聞きな。俺はこれからやることがある」


そういうとシゲさんは立ち上がり、ドアに向かって歩いていく。


「シゲちゃん、どこに……」


呆然とした顔の快さんが、シゲさんを呼び止める。

シゲさんは振り向くと、


「わかったんだよ。真紀がいる場所がな」


と表情を変えることなくいった。


「真紀ちゃんが?」


聞き返す快さんになにも言わずに、快さんはドアノブを回した。


「シゲちゃんっ! 一人はだめだって」


そういって追いかける快さんを無視して、シゲさんは今度は振り向くことなく部屋から出て行った。


「シゲちゃんっ」


続いて部屋をでようした快さんに、


「来るなっ」


と拒絶するシゲさん。

快さんは足を止め、シゲさんの後姿を見つめる。


「いい加減生ぬるい生き方してんじゃねぇよ。快」


そう言ったシゲさんの声は、少しだけ、温かみが残っていた。