痛みと悔しさから目じりに涙がたまる。

それを見た桔梗さんはカラカラと面白いものを見るかのように笑った。


「あらあら、あなたは泣き虫なのね。

他所からきたくせに、男と見るや否や、フェロモンを放つ毒を持った虫」


「母さんっ! やめてくださいっ」


雪君が再度制止の声を上げる。

すると、桔梗さんはわたしの喉元にくっと刃物を押し当てた。

皮膚が切れるぴりっとした痛みが走る。

あまりの恐怖に声は出なかった。


「雪さん、あなたは本当に優しい子。

だから気をつけなさい。

毒虫の罠にかからないように」


そう言うと、桔梗さんの手が離された。

体はそのまま後ろ向きに倒れ、床に後頭部を打ち付ける。


「蜜花さんっ」


雪君が駆け寄ろうとして、それを桔梗さんが制する。


「雪さん? これはあなたを守るためにやったことなのよ?
まだわからないのかしら?

蜜花さん、あなたもよ。
なにもあなたが憎いわけじゃないの。
大切な子供が毒に侵されたくない母心よ。
理解してくださいな」


理解できるわけない。

この人がなにを言いたいのか、さっぱりわからなかった。

桔梗さんは満足そうににっこりと微笑むと、そのまま部屋を出て行った。

雪君は悲痛な表情でわたしを見ていたが、ぎゅっと目をつむり、桔梗さんの後に続く。


残されたわたしは色々なショックが混じり、床に伏したまま泣き続けていた。

掴まれた髪の付け根よりも、切られた喉の痛みよりも、なによりも心が痛かった。


姉さんはなんでここにいたの?

ここに暮らしている人達は、なにかが少しずれている。

姉さんはここでなにをしていたの?

わたしに……なにを伝えたいの?

聞けるならば本人に問いたい。