小さい頃に、町外れの
洞窟の中である少年に命を
助けてもらったことがある。






名前も顔もわからない
その少年を今でも憶えてる。




彼はかすかに、フリージアの
華の匂いがした。













第1話 再会






「ルナ、外はもう
暗くなるよ?海岸に行くの?」




ルナと呼ばれた
栗色の三つ編みをした少女は
わら籠を持って
家の戸の前に立っている。

「フィオラ兄さん、
そんなに心配しなくても帰ってくるよ」



藍色の瞳がとても心配そうに
ルナを映す。

フィオラはため息をついて
ルナに白いタオルを渡す。

「きっと雨が降るよ。
持っていったほうがいい。」

降らないよといいながら
ルナが戸を開けて外に出る。

鼻先にはかすかな雨の
匂いがした。










ルナの住むラグーン王国は
毎日がお祭り騒ぎのように
賑わっている。


最近は特に、ラグーン王妃と
隣国の皇子が結婚するとかしないとかで
更なる活気を見せている。



ルナがこの賑やかさに
少しだけ違和感を感じるように
なった。




その違和感を解消するために
最近はよく海岸に行くようになった。





ラグーン海岸は王国を出て
北のはずれにある桟橋を渡ると
見えてくる。

王国の賑やかさとは
全く持って逆の閑散として

ルナにはとても居心地が良かった。


そこで貝殻を拾って、
岩場の上に寝そべって空を見る。


夕方は茜色に霞みがかり
夜はプラネタリウムのように
空全体に星が光り輝く。




ルナはこの空間が好きだった。






ちょうど、あの洞窟の空も
こんな感じだったなと

ルナはここに来ると
あの時のことを時折思い出す。



そんな岩場に今日は
先客がいるらしい。


ルナは生まれてから
フィオラ以外の男と話したことがないため男がとても苦手である。





今日岩場にいたのは
その苦手な男。

歳は同じくらいだろうか。

腕をひどく怪我していた。




ルナはびっくりして
「わっ」と声をあげてしまう。

その声が大きかったのか
少年が目を覚ます。



ルナは岩影に隠れようとしたが
少年に腕を掴まれ
身動きがとれない。



「ちょっ!はなしてくださ…」


あたふたと暴れるルナに
少年が呟く。

「……はん」



「え?」



あまりにも力のない声で聞き取れない。





「…はん」





「ごはん…」




ルナはきょとんとして
少年を見つめる。


「ごっ…ごはん…ですか?」



少年がこくりとうなずく。






ルビー色の瞳が
ルナの赤らめた頬をさらに
赤く映す。





「腹減った…」




少年がゆっくりと体を起こし
ルナの手を離す。



ルナはしばらく動けないでいたが
はっと思い出したように
わら籠のなかから
一切れのフランスパンを
少年に差し出す。


少年は目を輝かせて
「ありがと!!!!!」

というとパンをがっつきはじめる。



ルナは少し怯えながらも
少年の腕の怪我に触れる。



「…っ!!」


少年がびくっと痛そうにすると


ルナも怯えてびくっとなる。

「ごっごめんなさい!!!」


泣きそうな声でルナが言うと

「あー、だいじょぶだいじょぶ!
気にすんな!全然痛くないから!」


見るからに震えているのに
少年が笑って言う。




ルナはこの笑顔に少しだけ
安心したが、彼が男だということを
思い出し、ごめんなさい!と
言いながら走って
桟橋の方へいってしまった。



「あれー、どっかいっちった…?」



少年はまあ、いいかといって
その岩場の上でもう一度
眠りについた。






星が綺麗にまたたき繰り返す
夜のことだった。