わたしの名前はーーだったんだ。



男を無視してまた川を眺めていると、手首を引っ張られて橋をくだり始めた。

「ちょっと、何」

抵抗はしてみせるが、無言で歩く男は細っこく見えて力があるようだ。

とぼとぼと後ろを歩いて行くと案の定、あのお店だった。

もう店は閉めているようで裏口から中に入る。

ドアを閉めてようやく手を離してくれた。


「ごめんね、痛かったかな。でも君はそうでもしないと動こうとしなかったと思ったから」

「……」

「あ、靴はそこで脱いでね。紅茶を入れるからそこに座ってて」

「……西洋は…」

「うん?」

「靴は脱がずに生活している…と聞いてた」

「あぁ、それか。普通はそうだよ。でもどうしても床が汚れちゃうから僕は玄関で脱ぐようにしてるんだ」


男はそう言うと部屋の奥へと消えて行った。

はたして大丈夫なのだろうか。外の人間との交流なんてなかったし、葵がいない時に男性と二人きりで……しかも顔を見られるなんて非常識。

どこがで諦めてる自分がいるのも事実。

男に言われたとおりソファとやらに腰掛けた。

座ると同時に沈み込み慌てて立ち上がる。

これは座るもの…よね。

今度はゆっくりソファに体を預けると安心感があり今までの疲れがどっとでた。