「今はもう、お嬢様は亡き者にされています。今でできてもまた命を狙われるだけ。私は一度屋敷に戻り状況を確認して参ります。最悪の場合、住む場所もないかもしれません。…覚悟をしておいてください」
「………そう。葵も気をつけてね」
「お嬢様……」
元気も何もない。考えがまとまらないのだ。
「では、くれぐれも公家のお嬢様だとは悟られぬよう」
「……うん」
「心配はご無用です。必ず葵がなんとかしてみせますから」
葵はしばらく動かずそばにいてくれたが、やがて何処かへと行ってしまった。
実感がわかない。
もう家には戻れない…
お父上は戻ってこない…
お母様は3年前すでに病で倒れてしまってお亡くなりになられた。
葵はああやって言ってくれたが、今後わたしに行くあてなんて、無い。
橋に手をつき光が乱反射する川をぼーっと見つめていると、後ろから声を掛けられ初めて夕日が沈んでいるのに気がついた。
「忘れ物ですよ、お嬢さん」
「あなた………」
喫茶店にいた男だ。手にはわたしの扇子が握られている。
慌てて店を出て行ったため、机に置き忘れていったのだろう。
「…ありがとう」
受け取り頭を下げると用件は済んだというのに動こうとしない男。
「風邪、ひいちゃうよ」
夏だといっても夜は冷え込む。まだ完全に暗くはなっていなかったが、確かに肌寒く感じる。
「……ひいてもいい。どうせ、もう何も残っていないから」
「………」

