わたしの名前はーーだったんだ。


「それにしても日本語で違和感がないのが驚き。わたしもまだまだね」

着物の裾をただし、葵を見ると険しい表情で外を見つめていた。

「どうしたの」

「いえ…外に遣いのものがいるようです。それもかなり慌てているような…」

「お父上の?…いえ、あれは違う。身一つでこちらに来ている。緊急よ、行きましょう」

異変に気づき立ち上がると外へと早足に踏み込む。遣いの者の焦りや混乱の表情を読み取ったのか葵も何も言わずについてきた。

「どちらへ?」

先ほどの男に声を掛けられ歩みを止める。手に持ったお盆の上にあるそれに目がいくがしょうがない、諦めよう。

「食べられないのは残念だけど、急ぎの用事ができたの。また今度くるから」

一方的にそう告げるとドアを右手で押した。


ーーチリン、ときた時と同じようにベルが鳴ると、遣いの者が此方へ気づき走ってきた。

「何事です」

「…っ、はぁ…っ、ご報告、…っ致します…っ!先ほどより、何者かによって屋敷が…」

「どうしたというのですか!?」

「火付けされました…」


なっ………

驚きのあまり頭が真っ白になった。

葵が固まるわたしの代わりに状況を聞いてくれている。

「お嬢様も主人も屋敷の中だということで……」

そうだ、彼はわたしがその『お嬢様』だとは気づいていないのだろう。顔を公の場で見せたことがないために下っ端の者が知るわけがない。