「いっいやっ! そういう意味じゃないよ! いや、深成ちゃん個人の気持ちはともかく、クラス皆の気持ちは、ありがたいんじゃない?」

 しょぼん、となった深成に慌てつつも、意地でも六郎は真砂と深成の間は埋めようとしない。
 が、真砂が立ち上がりつつ、ぽん、と深成の頭に手を置いた。

「その旗、お前が振るんだろうな?」

「うん……。でも嫌?」

「折角作ったんだしな。お前が振るならいいだろう。その代わり」

 不意に真砂が、にやりと口角を上げた。

「明日は、お前が弁当作ってこい」

「えっ」

「なっ!!」

 きょとんとした深成と、目を剥いた六郎が真砂を見る。
 真砂はひらひらと手を振りながら、とん、と出席簿で肩を叩いた。

「弁当一つで、恥を忍んでやろうというんだ。安いもんだろ」

「それはいいけど。先生、食べてくれるの?」

 超絶人気ぶり故に、真砂に弁当を差し入れする女子は多い。
 が、それを真砂が受け取ったことなどないのだ。
 それを知っているため、深成は不思議そうに聞いたのだが、真砂は軽く頷いた。

「当たり前だろ。食わないのに持ってこいとか言わん」

「わかった!」

 ぱっと笑顔になった深成だったが、六郎が、だだだっと机を回り込んできた。

「ま、待て! な、何を言ってるんだ! そんなこと、教師が生徒に強要していいと思っているのか!」

「強要? 立派な取り引きが成立しているだろうが」

 真砂が鬱陶しそうに言う。
 深成も、いそいそと旗を畳みながら、にこにこと頷いた。

「そうだよ。別にわらわは構わないし。どんなのがいい? 頑張ってキャラ弁にしようかなぁ」

「あのな、食うのは俺だぞ。これ以上恥をかかすな」

 言いつつ職員室を出て行く真砂の肩を、六郎が掴んだ。

「例え深成ちゃんがいいと言ってもだな! 教師としてどうなんだ! 教え子が個人的に担任に贈り物をするのは、承服しかねる!」

 堅く迫る。
 言っていることがお堅過ぎて、どうやら深成には理解出来ないようだ。
 ぽかんとしている深成をびしっと指差し、六郎は真砂に宣戦布告した。

「ついては、君に勝負を申し込む! クラス対抗リレーにて、勝ったほうが深成ちゃんの弁当を頂ける、というのはどうだ!」

 大の大人が教え子の弁当を巡って真剣勝負するのも如何なものか。
 だが真砂は、またもにやりと笑った。

「面白い。いいだろう」

 こうして、勝負は明日の体育祭に持ち越されたのであった。