「止まってはいないが……。遅れてるな」

「こ、この雷の中を、お外で待たないといけないのか……」

 びくびく、と小さく震えながら、深成は鞄を抱き締める。
 どうやら深成にとって、雨に濡れることよりも、雷の中いつ来るかわからない電車を待つほうが問題のようだ。
 真砂は一つ息をついた。

「……送ってやる」

 鞄を持ち、扉に向かう。
 慌てて後を追いながら、深成は訝しげな顔をした。

「え、そりゃ誰かいてくれたほうが、ありがたいけど。でも課長だって、傘ないんじゃないの? 折りたたみ持ってるの?」

「今日は車だ」

 素っ気なく言い、フロアの電気を消す。
 エレベーターホールの灯りだけになり、深成は慌てて真砂に駆け寄った。

 エレベーターに乗りながら、深成はちらりと真砂を見た。
 あまりの素っ気なさに普段は気付かないが、もしかして真砂は優しいのかと思う。

 どうしても今日中に仕上げないといけない仕事を引き受けてくれたし、電車状況も調べてくれた。
 それに、送ってくれると言う。

---だから千代もあきちゃんも、課長のことが好きなのか---

 ちょっと納得した深成だったが、実は真砂がここまでするのは深成だけだ。
 ただそれは、深成は派遣社員であり、管理責任が自分にあるから、という理由なのかもしれないが。

 駐車場は、ビルの地下だ。
 一切雨に濡れずに済む。
 が、駐車場から出た途端、激しい雨がフロントガラスに叩き付けた。

「そういえば、傘がないんだったら、結局濡れるな。お前の家、階段まで屋根ないし」

「う、うん。そうだけど」

 深成のマンションは、三階建ての小さいものだ。
 マンションの前に大きな歩道があるので、車も寄せられない。

「濡れるのは良いんだけど……」

 言いつつ、深成はびくびくと、助手席で小さくなっている。
 そして稲妻が輝くたびに、子犬のように、びくっと小さく飛び上がる。
 幸い音は、車なので聞こえない。
 真砂はハンドルを切りながら、ちょっと怪訝な表情で、震える深成を見た。

「そんなに怖がる奴も珍しいな。そんなんで、帰って大丈夫なのか。お前、一人暮らしだろう」

 帰るどころか、こんなに震えていて、車から家まで己の足で歩けるのだろうか。
 今も涙目なのに、一人で耐えられるのかも疑問だ。

「こ、怖いけど……。しょうがないもの」

 相変わらずふるふると震える深成に、ふ、と真砂は息をついた。
 しばらく黙って車を走らせていた真砂は、やがてぽつりと呟いた。

「……俺の家に来るか?」

 助手席で、深成が涙の溜まった目を真砂に向ける。

「俺のマンションも地下駐車場だから濡れないし、どうせ一人だ」

 前を向いたまま言う真砂に、少し考えた後、深成は小さく頷いた。