「……ふむ、ちゃんと浮いてるな」

 ぼそ、と呟くと、真砂は着ていたパーカーを脱いだ。
 そしてようやくプールに飛び込む。
 暴れる深成の背後に回ると、羽交い締めの要領で、彼女を引き寄せた。

 プールサイドでは、あきが、ちょっと身を乗り出していた。
 妹が溺れているのを心配している顔ではない。
 目尻が怪しく下がり、口角が僅かに上がっている。

 真砂はしばらくその場で深成を持ち上げ、彼女が落ち着くのを待つと、ようやく口を開いた。

「見たところ、お前は泳げないわけじゃない。泳ぎ方を知らんだけのようだな」

 そう言って、少し深成を下ろす。
 また顎近くまで水に沈み、深成の身体に力が入る。

「大丈夫だ。ちゃんと浮いてるだろ」

 言いつつ、羽交い締めにしていた片手を抜き、深成を片手で支えたまま、彼女の身体を反転させた。
 深成は真砂と向き合う形になる。

「し、沈む」

 今までしっかり支えてくれていた真砂の腕が一本になり、深成は慌てて真砂に抱き付く。

「力を抜け。心配せんでも、人は浮くように出来てるんだ。さっきだって浮いただろ。ほんとに沈んでたら、今頃お前は水の底だぜ」

 さらっと恐ろしいことを言うが、怯える深成はしっかり支えている。
 その様子を、あきはきらきらした目で見つめた。

---うふふふ。もぅ、深成ったら、今の自分の状態がわかってるのかしら。裸のコーチに抱き付いてるってのに。しかも自分も水着じゃない。身体にぴったりの布地しか身に纏ってないのに、そんな状態で裸のコーチに抱き付いたら、自分の身体のラインも、ばっちり伝わっちゃうのに---

 やたらと『裸のコーチ』を強調する。
 うふうふと含み笑いをしていると、深成を抱きかかえた真砂が、水の中から捨吉を呼んだ。

「おい。後は捨吉、お前が教えろ。あき、入ってこい」

「「あ、はいっ」」

 プールサイドにいた二人が、返事するなり水に飛び込む。

「じゃ深成ちゃん、おいで」

 ちょっと離れたところで、捨吉が深成を呼んだ。
 ほんのちょびっとだが、自力で泳がねばならない。
 思いっきり不安そうな顔で、深成はしがみ付いている真砂を振り返った。

「捨吉のところまで行かねば、己の命が危ういと思えば、何としでも泳ぐだろ」

 そう言ってにやりと笑うと、真砂はしがみ付く深成をそのままに、ざぶんと水に潜った。
 しがみ付いているものが沈んだら、もうどうしようもない。
 慌てて深成は、真砂から手を離し、水面を目指した。

「……ぶはっ! ……はぁっ」

 涙目で浮き上がると、すぐに捨吉が目に入った。
 捨吉は片手を伸ばして、深成の伸ばした手を握る。

「そうそう、その調子。大丈夫だよ、手は離さないから。落ち着いて、足を動かして」

 手を握った瞬間、捨吉はそのまま深成を引っ張るように進み出す。
 落ち着くまで待ってくれる気はないようだ。
 それでもゆっくりと、深成の両手を引いて、沈まないようにしてくれる。

---あらつまんない。コーチが深成の相手をしてるほうが、見てる分には楽しかったのに---

 その様子をぼんやりと見ていたあきだったが、ざば、という水音に我に返った。
 真砂がプールから上がって、あきを振り向いた。

「何をぼんやりしてるんだ。ほれ、さっさと位置につけ」

 髪を掻き上げながら言う真砂に、あきは少し目を見開いて、若干不自然に上を向いた。
 濡れた身体は色っぽいし、当たり前だが真砂はスイミングパンツだけなのだ。

 それ以前に、あきはここの生徒なのだから、そんな光景見慣れてるだろうに、油断すると鼻の奥が熱くなる。
 いつもなら鼻血が出るのぐらい、どうということはないが、今は水の中にいる。
 ここで鼻血を垂らすのは避けたい。

 とりあえず、盛大に鼻を啜って、何とか鼻血を止めた。
 すでに鼻血を自由に操れるあきなのであった。

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 う〜ん、やっぱりあきメインは弱いなぁ。
 何だかんだで、真砂と深成のいちゃいちゃがないと駄目かも。果たしてあれが『いちゃいちゃ』というのかはともかく( ̄▽ ̄)
 結局真砂が構うのは深成ってことかも。

 そしてあきは毎回鼻血を出しているような。よく考えたらなかなか古典的な表現ですな( ̄▽ ̄)

2014/5/18 藤堂 左近