そろそろ午後の講座が始まる、というような時間になって、ようやく惟道は女子から解放された。
 とりあえず、予定に繋がる言葉はなかったな、と確認し、惟道は食堂を後にした。
 が、食堂を出たところで足が止まる。

「全く相変わらず、女子相手のご飯なのねぇ」

 呆れたように言うのは宮だ。
 高校のときからの、章親の彼女である。

「毎日毎日ご苦労なことだけど、疲れない?」

「俺は別に大して喋っていない。毎度同じようなことしか聞かれぬしな」

「面倒じゃない?」

「若干面倒ではあるが、まぁ女子というのは初めての相手には同じようなことを疑問に思うのであろう」

 人に対して何の感情もない惟道は、誰が前に座っても同じなのだ。
 先ほど喋っていた女子たちも、はたしてどこの誰なのか。

 自己紹介されたかもしれないが、惟道にとって興味をもつ何かがあるわけでもない女子のことなど、頭に残らない。
 惟道のことを知っていたようなので、同じ科なのかもしれないが、生憎誰一人惟道の脳みそには刻まれていない。

「章親は?」

 珍しく、惟道からの発信だ。

「さっき次の講義の教室に行った。私は今日は、もう終わり」

「章親を待つのか?」

「その予定。一緒に待つ?」

 こく、と頷いた後、惟道は少し首を傾げた。

「俺と一緒にいて、章親が嫌な思いをしないだろうか」

 これまた珍しく、少し心配そうに言う惟道に、ぷ、と宮が吹き出した。

「あんたはほんと、章親に対してだけは普通の子よねぇ」

 けらけらと笑いながら、宮は先に立ってキャンパス内にある図書館に入っていく。

「章親に対しては、章親のことを考えられるのね。その他の人のことなんて、とんと理解しないのに」

「章親は特別だ。あのような者、他にはおらぬであろ」

「……あんたのその言い方だけ聞くと、私のほうが嫉妬しそうだわ」

「?」

「あんまりそういうこと、他で言うんじゃないわよ。あんたはともかく、章親が変な目で見られる」

「それはいかんな」

 素直に頷く惟道に温い目を返し、宮は奥まった窓際のベンチに腰掛ける。

「惟道は就職のこととか、考えてるの?」

「魔﨡が手ぐすね引いて待っておるようだが」

「あ~、そういう道もあるわねぇ。でも全く外の社会を知らずにそこに入るのも如何なものかしら」

「章親もそう言っておった。だから近々バイトをしようかと思う」

「え、どこで? いきなり接客は、あんたにはハードルが高いと思うわよ」

 宮は何となく、バイト=接客業という頭があるようだ。
 前髪さえ許されれば、外見は申し分ないが、如何せん惟道は表情がなさすぎる。

 言われたことはできるだろうが、空気を読むことをしないので、お世辞にも気が利くということはない。
 笑うことなどないので、不愛想とも言えるだろう。

「何か、一般の会社のようだ。短期の事務らしい」

「あ、そう。それなら大丈夫かしらねぇ。魔﨡のところに入るにしても、事務の経験があったほうがいいかもだしね」

 そんなやり取りをし、各々適当に本を選んでいるうちに、午後の講義が終わったようだ。
 すぐに宮の携帯が鳴る。