「じゃあ惟道、気を付けてね」

 大学は同じだが、学年が違えば当然講座も違う。
 その上大学というのは広いのだ。
 門で別れれば、後は家に帰るまでまず会わない。
 章親の背を見送り、惟道は自分の講座の教室に向かった。

 昼は学食で楓が持たせてくれた弁当を食べる。
 初めは学食で買っていたのだが、放っておいたら惟道は妙な取り合わせのご飯になる。
 たまたま以前お昼に学食で会った章親が仰天し、それ以来弁当を持たされるようになったのだ。

 これが食べたい、と思うわけでもなく、ただ目についたものを選んでいると、どうも普通の食事になっていないらしい。
 大きなグレープフルーツと白米とか、シチューと素ラーメンとか。

 弁当箱を開けると、一面の黄色が目に飛び込んでくる。
 端のほうにはミニトマトが三つ。
 内一つは何だか他よりも大きいような。

 箸ではなくスプーンが入っていることに少々疑問を覚えつつ、惟道は弁当箱と一緒に入っていたメモ用紙を開いた。

<本日のお弁当はオムライスです。ミニトマトの中の大きな一つがケチャップになっておりますので、ヘタのキャップを取って、ケチャップをかけてお召し上がりください>

 メモを読み終わり、なるほど、と思いながら違和感のあるミニトマトを手に取る。
 よく見れば、確かに上まで真っ赤ではない。
 指示通りヘタを取り、黄色の上にケチャップをかけて、無事オムライスを食べることができた。

 ……ここまでしないと、惟道はケチャップ入れのミニトマト型容器まで食べそうなのだ。

「わぁ、可愛いお弁当ね」

 ふと顔を上げれば、女子が二人、前に立っている。

「前、いい?」

 言われて頷く。
 女子二人はいそいそと惟道と同じテーブルに陣取った。

「惟道くん、前までお弁当じゃなかったよね。彼女ができたの?」

 女子が自分の弁当箱を開けながら話しかける。
 何で弁当持ちだと彼女がいることになるのだろう、と疑問に思いつつ、惟道は首を振る。

「え、じゃあ手作り? すごーい!」

 きらきらと、女子は惟道の弁当を覗き込む。
 確かにこれは手作りだ。
 なので惟道は否定しない。

 女子は『誰の』手作りか、とは言っていない。
 楓の手作りであっても、手作りには変わりないので、惟道の反応も間違いではない。
 そもそも惟道は字面でしか理解しないので、当然の反応なのだ。

「てことは、じゃあ一人暮らしなの?」

 何かを期待するように、女子二人は身を乗り出す。
 が、惟道はふるふると首を振った。
 ちょっと、女子が妙な表情になる。

「……実家なのに自炊なの? あ、お料理好きとか?」

「実家……ではないな。居候だ」

「あ、なるほど~」

 何故か女子たちは納得し、安心した様子で各々弁当に手を付ける。

「惟道くんってコンパとか行く?」

「金曜日に飲み会があるんだけど、行かない?」

「サークルには入ってる? 興味があったら一緒に入らない?」

 等々、よくもまぁこれだけ間断なく喋りながら食事ができるものだ、と感心するほど、女子は立て続けに喋り続ける。
 基本的に内容は全て惟道に対する質問なので、それに一つ一つ答えていると、自然に惟道の食事も遅くなる。
 といっても必要最低限の言葉でしか返していないので、まだマシだ。