「……じゃあ深成ちゃん。そろそろ時間だから」

 再度、深成の頭を撫でる。
 あ、と深成が顔を上げ、にこりと笑った。

「うん。何か、あんまりおもてなし出来なくてごめんね。また是非来てよね!」

 ぎゅむ、と抱き付いてくる。
 いきなりな大サービスに、六郎はこれまでのもやもやなど、綺麗さっぱり吹き飛んだ。

「元気でね、六郎兄ちゃん」

「あ、ああ……」

 抱き付いたまま見上げてくる深成に、くらくらしながらも、六郎はかろうじて頷いた。

---やっぱり深成ちゃんは、誰にも渡したくないっ!!---

 そう固く誓う。
 そしてその勢いのまま、六郎も、ぎゅむっと深成を抱き締め返す。

「深成ちゃんも、元気で。また来るよ。それまで十分に注意するんだよ」

「ん? ……うん……」

 何に注意するのか、という顔で、きょとんとする深成だが、そんな無防備さが六郎の保護欲を掻き立てる。
 腕を解きたくない、と思っていると、不意に横に、車が止まった。
 そして、真砂が降りてくる。

「……」

 特にこちらに歩み寄ることもなく、真砂は車にもたれた状態で、六郎を見た。
 車はよくあるVitzだし、服装だって、普通のシャツにパンツといった、ありふれた格好だ。
 なのに何故、この男というだけで、こんなに絵になるのか。
 悔しく思っていると、腕の中の深成が、ぴょこんと顔を上げた。

「真砂っ」

 笑顔で言い、深成は一歩、真砂のほうへと踏み出した。
 弾みで六郎の腕が離れる。

 真砂は深成に向かって、ちょい、と顎で車のドアを示した。
 荷物を持ってあげるとか、ドアを開けてくれるとか、そういったことは一切しない。
 世の乙女が望むようなことは全然していないし、それどころか、やたら尊大な態度だ。

 なのに、それが妙に似合う。
 そして深成は、そんな真砂の態度は気にならないようで、ててて、と真砂に駆け寄っていった。

「真砂〜。ありがとうっ」

 真砂の前で、深成が荷物を抱えたまま、ぴょんとジャンプした。
 六郎が目を剥く。
 深成が真砂に飛び付いたのだ。
 だが。

「うにゃんっ」

 真砂は素早く横に避けると同時に、後部座席のドアを開けた。
 深成はそのまま、後部座席に突っ込む。

 どた、とシートに深成が飛び込むと、真砂は、ばたんとドアを閉めた。
 そして、自分もさっさと運転席に乗り込む。

「……」

 六郎は目を見開いたまま、呆然とその様子を見ていた。
 深成に対して、何という扱いをするのか。
 あのまま大人しく立っていれば、深成から飛び付いてくれたというのに、避けるとはどういうことか。

 しかも後部座席に深成がこけるように突っ込んでも、労りの言葉も謝罪もない。
 信じられない、と怒りに燃える目で睨む六郎を気にもせず、真砂はシートベルトをしながら、ちら、と後部座席を見た。

「そんな大量の菓子、車の中に散らかすなよ」

「だって、ころんじゃったんだもん。もぅ、乱暴なんだから」

 開いた運転席の窓から、会話が聞こえる。
 深成はどうやら、突っ込んだ衝撃でお菓子をぶちまけたらしい。