その日の夜、深成は真砂と共に、片桐の店に行った。

「あら子兎ちゃん。すっかり元気になったようね」

 にこやかに出迎えた片桐の目が、深成の後ろに流れる。

「あなたが子兎ちゃんの、噂の彼氏ね。散々彼女を泣かせた責任は取ったの?」

「当たり前だ」

 渋い顔で言う真砂を、深成が、こら、と小声で叱った。

「もぅ真砂。今回は片桐さんにも随分お世話になったんだからね」

「そうよ~。全く可愛い子兎ちゃんをあんなに泣かせて、悪い男ね~」

 真砂は微妙な顔で口を引き結んだ。
 相変わらず若干眉間に皺が寄っているが、片桐のオネェっぷりに戸惑いもあるのだろう。

「片桐さん、ありがとうね。いっぱい慰めてくれて、大分助かったぁ」

「そりゃ、可愛い子兎ちゃんのためだもの~。彼氏に飽きたら、いつでもいらっしゃい」

「おい」

 真砂が突っ込んでも、片桐は面白そうに片眉を上げるだけ。
 そして、ずいっと真砂に顔を突き出した。

「子兎ちゃんは可愛いから、しっかりお手て繋いでおかないと、あたしが貰うわよぉ?」

 美形オネェの凄味は妙な迫力がある。
 珍しく、真砂がたじたじとなった。

「片桐さんっ! あんまり真砂を苛めないで。昨日までへろへろだったんだからっ」

「あらぁ~? 昨日の夜、たっぷり愛情チャージしてあげなかったの? 駄目ねぇ~」

 妖艶に笑いながら、片桐は人差し指で深成の顎を持ち上げる。
 仕草の一つ一つが色っぽい。

「だ、だって昨日は、真砂眠そうでっ。お風呂から出て、すぐに寝ちゃったんだもん」

「駄目じゃないの。子兎ちゃんの不安は、全身で拭い去ってあげなきゃ。こういうときこそ抱いてあげないと駄目なのよっ!」

「ななな、何てこと言うの~~っ!!」

 真砂に向かって凄いことを言う片桐に、深成がわたわたと焦っていると、店の戸が、からん、と音を立てた。

「いらっしゃ……。あら玉乃ちゃん~」

 ぱ、と片桐が笑顔になる。
 入ってきたのは、これまた目を見張るほどの美人さんだ。

「旦那様~。お稽古終わっちゃった。お店手伝おうか?」

「ありがとう。じゃあ荷物置いておいで」

 撫で撫で、と頭を撫で、片桐は深成たちに顔を向けた。

「紹介するわ。この子、あたしのお嫁さん」

「妻の玉乃で~す」

「「えっ」」

 真砂と深成の言葉が重なった。

「片桐さん、結婚してたのっ?」

「ていうか、あんた、いいのか!」

 深成が片桐に、真砂が玉乃に言う。
 玉乃はきょとんと真砂を見、何が? と呟いた。
 旦那がオネェなのは気にならないのか。

「あら子兎ちゃん、残念だった?」

「そ、そうじゃなくて。片桐さん、普通に女の子が好きなの?」

 深成が直球で失礼なことを聞く。
 だが片桐はあっさりと、むしろ呆れたように言った。

「当たり前でしょ。あたし男なんだから」

 説得力があるんだかないんだか。

「てことで、子兎ちゃんには残念だけど、あたしは玉乃ちゃんのものだからね」

「あ、もう旦那様。旦那様は素敵なんだから、そこのところをちゃんと主張しておいてね」

「大丈夫よぅ~。言い寄られたって、あたしが玉乃ちゃん以外の人に靡くわけないだろ~?」

「……言い寄ってないし。ていうか、わらわだって真砂のものなんだからね」

 いちゃつく片桐夫妻を胡乱な目で眺め、ぼそ、と呟いた深成の手を、真砂が掴んだ。

「これ以上ここにいたら、精気吸い取られそうだ」

「そ、そだね。じゃあね、片桐さん。お幸せに」

「子兎ちゃんもね。しっかり抱いて貰うのよ。あ、そういえばお兄さん、あきちゃんの彼氏に、あたしたちのパフェ代払っておいてね~」

 あ、そういえばお金払った記憶がないや、あんちゃんが払ってくれたんだ、と考えた深成を連れ、真砂は店を後にした。