寝る前にもう一度お風呂に行こうということになり、深成はあきと露天風呂に浸かっていた。

「夜が更けると、星が綺麗だね~」

 のんびりと湯に浸かっていると、隣の男湯から話し声が聞こえた。
 その途端、深成がばしゃばしゃと壁際の簾に近付く。

「課長~」

 先のように、隙間に顔を押し付けて向こう側に呼び掛ける。
 お? とあきも身を乗り出した。
 どうやら男湯のほうには、真砂が(多分清五郎も)いるらしい。

「何だ、覗きか?」

「違うも~ん。課長の声が聞こえたからだも~ん」

「だからって覗くな」

「覗いてないっ! 課長の顔しか見えないもん」

「こっちからは、お前の身体も見えるぞ」

「えっ!」

 慌てて深成が簾から離れる。

「こ、こっちからは見えないのにっ」

「馬鹿。お前が必死でこっちに身体を寄せるから見えるんだ」

 まぁ肩からちょっと下ぐらいまでだがな、と言われ、ほ、と深成が息をつく。
 そして再び、隙間ににじり寄った。

「もぅ、びっくりするじゃんっ。あれ、じゃあさっき六郎さんと話したときも見えてたのかなぁ」

「何だとっ?」

 無邪気な深成の呟きに、光の速さで真砂が反応した。
 あら、とあきは口角を上げながら、深成ににじり寄る。

「お前、風呂で奴と喋ったのか」

「ちょっとだけだよ。この隙間、何だろうって覗いたら、そっち側に六郎さんがいただけで。でも別に課長じゃないから、わらわだってそんなに覗き込まなかったもん。挨拶しただけ」

 深成が言うと、簾の向こうの真砂は口を噤んだ。
 風呂で話した、ということはいただけないが、自分じゃないから必死で見ない、ということに若干機嫌の悪さも直る。

「……ったく、風呂場で男と喋るな」

 ぼそ、とそれだけ言うと、ばしゃ、と水音を立てた。
 上がるらしい。

「深成ちゃん。あたしたちも上がろうよ」

「あ、うん」

 ちょっとしょぼんとしたまま、深成はあきと脱衣所に戻った。

「そんなしょんぼりしなくても大丈夫よ。課長だって、そんな怒ってないよ。まぁただでさえ気に入らない六郎さんが相手っていうのが余計気に食わないんだろうけど」

「え、気に入らないっていっても、六郎さんとは、がっつり付き合ってたじゃん?」

「それはお仕事だもの。課長は仕事はきっちりするわよ。でもそれ以外の面でね。ほら、六郎さん、深成ちゃんのこと好きだったじゃない。そりゃ課長からしたら気に入らないわよ」

「そっか。後で謝っとこう」

 身体を拭いて浴衣を着る深成を、あきは目尻を下げたまま眺めるのであった。



 廊下で真砂らと会った深成は、一目散に真砂に駆け寄った。

「課長、ごめんね。気を付ける」

「何が」

「お風呂で六郎さんと喋ったの」

 小声で言うと、ああ、と言い、深成の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

「まぁ目が合ってしまったら、無視するわけにもいかんしな」

 気にするな、と言う真砂に、ほっと息をつき、部屋に向かっていると、廊下の隅に六郎とゆいを見つけた。

「連絡してくださいねぇ」

 何やらメモを押し付け、ゆいは最後に六郎にべったりくっついてから離れて行く。

「……ゆいの次のターゲットはあいつか」

「そうみたい。でも六郎さんも、ゆいさんみたいに積極的に来てくれる子のほうがいいんじゃないかな」

 人の気も知らないで、深成が言う。
 その声が聞こえたのか、六郎が振り向いた。

「六郎さん。ゆいさん、楽しい人だよ」

 にこ、と深成が言うと、六郎の顔が強張った。