客先に向かう途中で、真砂がちらりと自分の携帯を見た。
 メールが一件。
 深成からだ。

<今日あんちゃんにご飯誘われたので、行ってきます>

 画面を閉じ、真砂は横を歩く捨吉を見た。
 これが羽月だったら即座に機嫌が悪くなったところだが、何故か捨吉だと、ふーん、と思うだけだ。

 しかしそういえば、事務所を出る前の様子は珍しかった。
 捨吉は、明らかに深成だけを、こそっと誘ったようだった。
 捨吉が深成を誘うこと自体は珍しいことではないが、いつもなら隣のあきも一緒に誘っている。

 捨吉が好きなのは、あきなのだろうから、誘いやすい深成を口実に、あきを誘っているのだろうと思っていたのだが。
 そんなことを思っていると、捨吉のほうから声をかけてきた。

「課長は深成を、どう思います?」

「は?」

 いきなりな質問だ。
 意味がわからず、訝しげに聞き返す真砂に、捨吉はぽりぽりと頭を掻いた。

「深成も女の子だし。バレンタインの前にもさっさと帰ってたし、ああ見えてちゃんと彼氏がいるのかも、と思って。だったらホワイトデーに関することにも相談に乗って貰えるかなぁ、と思うんですけど。どう思います?」

 真砂は口を引き結んで捨吉を見た。
 鎌をかけられているのか、とも思うが、見上げる捨吉は真剣な顔だ。
 真砂と深成の関係には気付いてないらしい。

「……どうだろうな。つか、ホワイトデーに関することって何だよ」

「決まってるじゃないですか。お返しですよ」

 ああ、と呟き、だが真砂は首を傾げた。

「チロルのお返しか?」

 確か深成は、バレンタインには大きなチロルチョコの箱を持ってきて、机に置いて皆で食べていた。

「あいつにゃ同じように、菓子の大袋でもやっときゃいいんじゃないか?」

 深成を本気で好きでなければ、お返しは簡単に思いつくな、と内心思いながら軽く言うと、捨吉はぶんぶんと大きく首を振った。

「違いますって。深成へのお返しじゃなくて、本気のお返しについてです。そういうの、深成はわかるかなって」

「……どうだろうな」

 初めと同じ返しをし、真砂は前を向いた。
 本気のお返しというものは、やはり難しいものなのだな、としみじみ思う。
 そう考えて、ふと真砂は顔を上げた。

「で、それを聞くために、食事に誘ったわけか」

 先の深成のメールを思い出して言うと、捨吉は少し慌てた。

「え、何でそれを? 俺、結構小声で深成に言ったはずなんですけど」

 やば、と真砂は、あらぬほうへ視線をやった。
 確かに事務所の時点では、捨吉が深成に何か言った、というのがわかっただけで、内容まではわからなかった。
 深成のメールで知ったわけだが。

「課長にまで聞こえてたってことは、あきちゃんにも聞こえちゃったってことか。うわ、誤解されてないかな」

「い、いや。あの時点では内容まではわからんかったぞ。今の話の流れで、何となく、だ」

 苦しい言い訳だが、捨吉は、あきには聞こえていない、ということが大事なので、深く突っ込むことなく、なぁんだ、と息を吐いた。

「あきへのお返しか?」

 真砂もさっさと話を逸らす。
 あ、ばれちゃった、と言い、捨吉は照れたように、また頭を掻いた。

「お蔭さまで、あきちゃんと付き合えることになって。バレンタインに、ちゃんと言ったんですよね。で、まぁ恋人だし、ちょっとちゃんとしたものをあげようと思ったんですけど」