「……馬鹿。何で俺がお前を捨てたりするんだよ」

 えぐえぐと泣きじゃくる深成の頭に手を置いて、真砂が言う。

「だってっ。今日だって、先輩にチョコ持っていくって言ってた女の子たちが、わらわなんて彼女じゃないって言ってたもん。わらわみたいなちんちくりん、すぐに捨てられるって。みんなみんな、わらわがいるのに先輩にチョコ渡すのって、わらわなんて先輩の彼女じゃないって思ってるってことでしょ」

「そのちんちくりんを、俺は好きなんだがな」

 深成の頭を撫でながら、ぼそ、と真砂が呟いた。

「で、そんなことがあったから、もう俺といるのが嫌になったってことか?」

「……だから、何でそうなるの」

 ぷーっと膨れて、深成が真砂を見る。
 真砂もちょっと不機嫌そうな顔をした。

「あいつに言われたって言ったろ。俺に愛想が尽きたから、お前はあいつに乗り換えたって」

「何でよっ」

「お前が泣いてたって、えらい怒るもんだから、俺がお前を追おうとしたら、もうお前は自分が貰い受けるってよ。チョコも貰った、と珍しく自信たっぷりに言われた」

 忌々しそうに言う。
 六郎に自慢されたことが、よほど悔しかったようだ。
 あ、と深成は手を叩いた。

「わらわ、今日の四時限目の前に、とりあえず簡単なチョコだけでも先輩に渡そうと思って行ったんだよね。先輩、四時限目移動教室だったでしょ? 廊下の前の階段で待ってたんだけど、そこで他の子に先越されてさ」

 真砂が首を傾げる。
 そんなこと、覚えてもいない。

「その子もそうだし、そのときに通りかかった他の子たちも、さっき言ったみたいな、わらわなんて彼女じゃないから先輩にチョコあげるとか言ってて。わらわ、世間的に認められてないんだな、と思ったら悲しくなって。先輩も機嫌悪そうだったし、わらわのこと怒ってるんだ、と思って、頭の中ぐちゃぐちゃになって……」

 ぼろぼろ、と涙をこぼしながら言う深成の頭を、真砂はぐしゃぐしゃと撫でる。

「悲しくなって教室に帰ろうとしたときに、六郎兄ちゃんに会って、慰めて貰っただけ。あ、先輩も、もうこんなコンビニチョコなんていらないだろうなって思って、それを六郎兄ちゃんにあげたの。それのことかな」

「何で俺に買ったものを、あいつにやるんだよ!」

 いきなり真砂が叫び、両手で深成の頬を挟むようにして、自分のほうに向けた。
 真っ直ぐに深成を見る。

「お前があいつにチョコをやるから、あいつがつけ上がるんだろうが」

「う、そ、そうかなぁ。でも先輩のお下がりだ、とは言ったよ?」

 何となく怒られている、と思うのだが、頬を包まれているお陰で怖くはない。
 嫌いな子に対する態度ではないからだ。

「それに、やっぱり先輩には、ちゃんとしたチョコを作ってあげたいもん。他の子が渡してくるようなコンビニチョコじゃなくて、怒ってるかもしれないけど、週末にちゃんと作って、月曜日にあげようって思ったんだもん」

「だからって……」

 深成の気持ちは嬉しいが、真砂はやはり六郎にもチョコをやった、ということが気に食わない。
 しかも己より先に手に入れているわけで。
 それに何より、あの六郎の勝ち誇った顔を思い出すと、腹が立ってしょうがない。

「あの野郎……。この俺に、いい加減なこと言いやがって……」

 低くなった真砂の声に、深成は慌てて頬に添えられた手に己の手を重ねた。

「あのっ。えっと、ろ、六郎兄ちゃんは、わらわを心配してくれただけだしっ。わらわもあのときは悲しくて、でも六郎兄ちゃんに慰めて貰って救われたってのもあって、思わず持ってたチョコあげちゃったんだよ。先輩にあげる予定だったチョコだけど、でも頭ん中ぐちゃぐちゃで作るの忘れててさ。とりあえずで買った、コンビニの三百円チョコだしっ」

 ぶ、と真砂が吹き出した。
 やけに自慢していたわりには、コンビニの三百円チョコかよ、と思うと、真砂の嫉妬も霧散する。
 何だかんだで単純なのだ。

「じゃ、お前は別に、俺が嫌になったわけではないんだな?」

「うん。何でわらわが先輩を嫌うの。わらわ、てっきり先輩に嫌われちゃった、と思ってたのに」

「あいつに乗り換えたわけでもないな?」

 こくりと大きく、深成が頷いた。

「六郎兄ちゃんは慰めてくれただけ。それのお礼だよ。わらわは先輩のことが好きなんだもん」

「良かった。ざまぁみやがれってんだ」

 ぱ、と真砂が笑顔になった。
 言葉は物騒だが、その笑顔に、深成はくらっとする。
 こんな嬉しそうな笑顔、初めて見た。

 真砂は深成の気持ちが離れたわけではない、ということも嬉しいのだが、六郎に対する意趣返し的な嬉しさもあるのだ。
 そんな真砂の黒い心には気付かず、深成は、格好良いなぁ、と改めて真砂に惚れ直すのであった。