真砂は結構すぐに帰って来た。
 いつもの勉強スペースで宿題をしていた深成の横に座り、テスト結果を見ている。
 しばらく経って、真砂が結果を封筒にしまったのを機に、深成は顔を上げた。

「あの。先輩、ごめんね」

 小さく言うと、真砂が深成を見た。
 結構いつでも無表情だが、今日は無表情というより仏頂面だ。
 こんな顔で深成を見るなど珍しい。

「何に対しての謝罪だ?」

 不機嫌な顔のまま言い、真砂は立ち上がった。
 出るぞ、と言い、深成を促す。
 てっきり今日も勉強するものだと思っていた深成は、慌てて出していた勉強道具を片付けた。

 駅前広場に出ると、真砂はベンチに腰掛ける。
 顎で自分の横を示され、深成もおずおず座った。

 物凄く機嫌が悪そうで恐ろしい。
 深成は真砂の横で、小さくなっていた。

「お前、もう俺のこと嫌になったか?」

 不意に真砂が口を開いた。
 ん? と深成は真砂を見る。

 今、真砂は何と言った?
 深成の我が儘に真砂が呆れても、深成が真砂を嫌うなど全く頭にないのだが。

「お前が会いたいって言ったのに、何も言わないまま二日も放っておいたからか?」

「……え、えっと。先輩? 何のこと? あ、えっと、それは、ちょっと寂しかったけど。元々わらわが先輩のことも考えずに我が儘言ったんだし……」

 素直に言って、ぺこりと頭を下げる。

「ほんとにごめんなさい。先輩、もうすぐ試験本番なのに勝手なこと言って。こんなときに困らせちゃうなんて、最低だよね」

 しょぼん、と項垂れる。
 あれ? と真砂は深成を見た。
 先程までの機嫌の悪さは鳴りを潜めている。

「困るというか。来週まで帰りに会えないし、どうしようかとは思ったが。さすがに一日遊ぶのは無理だし、とかは考えたが、困ったわけではない。大体お前に会いたいって言われて、困るわけないだろ」

「え、だって。試験の十日前なのに、会えるわけないじゃん。そんなこともわかんないわらわなんて、先輩嫌でしょ? ただでさえ忙しいのにさ、自分のことしか考えてないし、わらわ」

 しょぼぼん、と項垂れつつ、深成がぽつぽつ言う。

「それでなくてもわらわ、誰が見ても彼女と思われないし。先輩大学に行ったら、綺麗な人いっぱいでしょ。先輩モテるもん。わらわ、頑張って先輩と同じ大学に行きたいけど、まだ二年もあるし。そこまで先輩を繋ぎ止めておけるとは、自分でも思えないもん」

 何だか論点がずれていくが、今日一日のもやもやが一気に噴き出し、深成は不安を打ち明けた。

「だから、もう俺といるのが嫌になって、あいつに乗り換えることにしたってことか?」

「あいつ?」

「海野」

「何で六郎兄ちゃんが出てくるの? 六郎兄ちゃんは優しいから好きだけど、そんなんじゃないもん」

「でもあいつにチョコやったんだろ。何か俺がお前を泣かせたって、やけに怒ってた。会いたいって言ってたのを無視してたから泣いたのかと思ったんだが。それは悪かったよ」

 ん? と深成が首を傾げる。
 どうも話が噛み合っていないような。

 日頃の不安や今日の女の子たちの深成への評価などが先行して、深成も思考がぐちゃぐちゃだ。
 だがこの話の食い違いは、それだけではない。

「……何か話がおかしくなってる。先輩は、わらわが勝手なこと言ったから怒ってるんじゃないの?」

「勝手なこと?」

 真砂も何かおかしい、と思ったようだ。

「バレンタイン当日に会いたいって、わらわが我が儘言ったこと」

「ああ……。つか、それはそんな悪いことじゃない。それに関しては、どうしようかな、と思ってたって言ったろ。俺は今日とか月曜でもいいんだが、お前は当日がいいのかな、とか」

「あ、え、わらわも別に当日に拘りはないんだけど、先輩からしたら当日がいいかなって思って……。確かに日曜日に先輩に会える口実にはなるかな、とは、ちょっと思ってたけど。試験前だっていうのはわかってたけど、卒業も近いもん。わらわ、それ考えたら寂しくて、もっと先輩といたいって思っちゃう」

 赤くなって、深成が下を向く。
 が、やはりその表情は浮かない。

「でもそれは、わらわの我が儘でしょ。卒業しちゃったら学校帰りの図書館デートだって出来なくなるし、先輩はサークルとかで忙しくて週末も会えないかもしれない。それに卒業したら、わらわ、先輩に捨てられるって思ったら、今がっつり会いたいんだもん」

 先輩の邪魔はしたくないけど、でも寂しいんだもんっ! と泣き出す深成に、真砂は微妙な顔になった。
 何とも言えない表情だ。
 困っているような、でもどこか嬉しそうな。