そんなこんなで金曜日。
 ここ二日間悲し過ぎて、うっかりチョコを作るのを忘れていた深成は、そんな自分にまた落ち込みつつ、とりあえずコンビニに走って買った小さなチョコを持って、校舎の階段辺りをうろうろしていた。

 付き合っているとはいえ、やはり三年の教室まで行く勇気はない。
 しかもあれから真砂と会う機会がなかったので、何となく気まずいままなのだ。

 今は四時限目の前の休み時間。
 確か真砂のクラスは四時限目が移動教室のはず。
 ここを通るのではないかと待っているわけなのだが。

 階段の踊り場から怪しく廊下を張っていた深成の目に、歩いてくる真砂が映った。
 あ、と思い、階段を駆け上がろうとした深成だったが、その足が止まる。
 深成より先に飛び出した女の子が、真砂に駆け寄ったのだ。

「あのっ。真砂先輩」

 振り向いた真砂が足を止めて女の子を見た。
 深成は慌てて踊り場に戻り、身を隠す。

「あ、あの、これっ。貰ってください」

 女の子が、持っていた箱を真砂に差し出した。
 どきっと深成の鼓動が跳ね上がる。
 が。

「いらん」

 一秒も考えることなく、真砂の声が聞こえた。
 呆然とする女の子をその場に残し、真砂は踵を返すと、とっとと歩いて行く。

 どきどきと、その後ろ姿をこっそり見送りながら、深成は自分の手の中のチョコを見た。

---先輩……。機嫌悪そうだった。やっぱりわらわのこと怒ってるのかな---

 特に別れ話などは来ていないが、昨日会ってないのにメールもなかった。
 一昨日の真砂の予定は聞いていたことだし、別段また連絡する必要もないのだが、あの真砂の困った顔を思うと、どうしても気になってしまう。
 恋愛に不慣れな深成なので、なおさらだ。

---こんな大事な時期に先輩のこと一番に考えられないような子、ちょっと考えちゃうよね……---

 思考はどんどん悪いほうへ進んでしまう。
 しょぼん、としていると、何人かの女子が通り過ぎながら話しているのが聞こえた。

「今年こそ、真砂先輩にチョコ渡すんだ」

「え、でも先輩、彼女出来たじゃない」

「そんなの、どうせすぐに別れるわよ。今までそうだったじゃない。彼女なんて、いたっていないと思っていいわよ」

「そうね。それに何といっても今回は、やけにちんちくりんな子じゃない。史上最短で別れること確実じゃな~い?」

「言えてる~~!!」

 あははは~~っと笑い合う。
 ぎゅ、とチョコを握りしめ、深成は唇を噛み締めた。
 我慢しても、涙があふれてくる。

 教室に帰ろう、と階段を降りようとした深成だったが、廊下からの声に引き留められた。

「深成ちゃん? どうしたんだい?」

 振り向けば、六郎が廊下に立っている。

「六郎兄ちゃん……」

 涙の溜まった目で見上げる深成に仰天し、六郎は、だだだっと階段を降りて来た。

「どうしたんだ! 何かされたのかい?」

 噛みつくように言い、ふと深成が握っている箱に目を落とす。

「もしかして! 奴にあげようとしたチョコを、無慈悲に断られたのか! そうなんだろ? あいつのそういう態度、今日嫌というほど何度も見た!」

 何て奴だ! と憤慨する。
 がぁん、と深成はショックを受けた。
 さっき見た子だけではなかったのだ。

---そ、そりゃそうだよね……。先輩格好良いもの。毎年のことなんだろうし。でも今年は、わらわがいるのに……。わらわがいても皆先輩にチョコ渡すってことは、皆さっきの人たちみたいに、わらわのこと彼女じゃないって思ってるってことだよね---

 じわぁ、とまたも涙が盛り上がり、深成は慌てて下を向いた。

「深成ちゃん、泣かないで。私がちゃんと言ってあげるよ」

「い、いいよ。気にしないで。あ、そうだ。六郎兄ちゃん、お下がりみたいで悪いけど、これ、六郎兄ちゃんにあげるね」

 はい、と持っていたチョコを六郎に差し出す。
 それを受け取り、六郎は優しく笑った。

「ありがとう。お下がりだなんて、とんでもないよ。深成ちゃんからってだけで、私は嬉しいから」

 六郎の優しさに救われ、深成はやっと、少し笑った。

「大丈夫? 教室まで送って行こうか?」

「ううん、大丈夫。ありがとうね」

 にこりと笑い、深成は六郎に手を振って教室に帰った。