二時間ほどみっちり勉強した深成は、図書館の閉館時間を告げる音楽と共にノートを閉じた。

「は~。疲れたけど、よくわかった」

 荷物をまとめて立ち上がる。

「先輩、ありがとうございました」

 ぺこんとお辞儀すると、真砂はちらりと深成を見た。

「お前、ここにはよく来るのか?」

「はいっ。わらわ、図書館好きだから」

 にこにこと言うと、真砂は、ふーん、と呟いた。
 いまいち話が続かない。

「あの、先輩のお勉強、邪魔しちゃったね。ごめんなさい」

 そういえば、ずっと真砂は深成の勉強を見ていて、初めに出していた自分の参考書は端に追いやられていた。
 真砂も勉強しに来ていたんだろうに、自分の勉強は全く出来なかった状態だ。

「謝ることじゃない。復習にもなるし」

 相変わらず素っ気ないが、自分の勉強を邪魔されても別段気を悪くするでもない。
 だがやはり、何を考えているのかわからない。

「わらわ、今度の実力テストでは、三十位以内を目指すんです」

 深成が言うと、ほぉ、と真砂が視線を落とした。

「期末とかでも三十位ぐらいだから、実力テストでもそれぐらい取れるかなって」

「でも実力テストは全学年だぜ」

「だからこそ、頑張るんです!」

 にぎ、と拳を握り、深成が言う。
 その仕草に、真砂の口角がちょっと上がった。

「ま、頑張れば可能かもな。けど三年は特進クラスもあるし、そこの何人かを押さえないと、三十位には入れないぜ」

 ちなみに真砂はその特進クラスだ。
 頭の良い者の集まりの中で、常に一位なわけである。

「そんなにやる気があるなら、協力してやろうか?」

 不意に言われたことに、深成は真砂を見た。

「実力テストまで、毎日勉強見てやってもいいぜ」

「えっ」

「塾とか行ってるなら別だが」

「い、行ってないです」

「じゃあ帰る時間は一緒だろ。部活もないし」

「そうですけど、いいんですか? 先輩だってお勉強あるのに」

「お前の勉強を見るのだって、十分勉強になる。実力テストは全範囲だからな」

 何てことのないように言う。
 しばし、ぼーっとしていた深成だが、こんなチャンスはない。

「せ、先輩が迷惑じゃないなら……」

「じゃ、明日な」

 軽く手を挙げて、真砂が背を向ける。
 その背を見送ってから、深成は思い切り万歳した。



 次の日の放課後。
 HRのときから、深成とあきは興奮気味にひそひそと話をしていた。

「すっごいわねぇ! あの真砂先輩と、そんな約束したの?」

「うん! くまちゃんも拾ってくれたし、先輩、凄い優しいかも!」

 昨日の出来事をあきに報告し、二人で盛り上がる。

「え~、それはないと思うな。だってほら、二年の千代先輩のことは、無慈悲に振ったっていうわよ。笑ったところも見たことないしさ。格好良いけど怖いわぁ」

「わらわもそう思ってたけどさ。全然怖くなかったよ。ぶつかったの謝っても、別に謝らんでいいって言ってたし」

 深成とあきが額を突き合わせてぼそぼそと喋っていると、いきなり教室の中が、ざわ、と騒がしくなった。
 いつの間にやらHRは終わっている。
 帰る者やだべっている者でざわついていた教室内が、違うざわめきに包まれ、深成は顔を上げた。
 皆が見ている教室の入り口に目をやると。

「!!」

 深成とあきの目が見開かれる。
 そこにはリュックを肩に引っ掛け、両手をポッケに突っ込んだ真砂がいた。
 真砂は深成と目が合うと、顎で廊下を示す。

「行くぞ」

「え、あ、は、はいっ」

 まさか学校から一緒に行くとは思ってなかった。
 同学年でも違うクラスの教室に行くのは何か気が引けるのに、階数も違う、別の学年の教室に行くなど、まずない。

 最上級生の三年が、最下級生の一年の教室に来た、というだけでも皆の注目なのに、来たのは学校のアイドル真砂である。
 皆の目が、一斉に深成に注がれた。

「あ、あきちゃん。じゃ、また明日」

 急いで荷物を持ち、深成は皆の注目を浴びながら、ててて、と真砂に駆け寄った。

「先輩。迎えに来てくれるとは思ってなかった」

 校舎の中はもちろん、駅までの道も、ずっと注目の的だ。
 真砂が今まで女と一緒にいたことなどないからだろう。

「どうせ一緒の場所に行くんだ」

「まぁそうですけど……」

 ちらちらと、深成は周りを見た。
 皆の視線が痛い。
 何となく横に並ぶのが憚られ、深成は若干後ろを歩いた。

 しばらくして、真砂が振り返る。

「速いか?」

「え?」

「お前小さいから、俺の歩くスピードについて来れないのかな、と」

 どうやら真砂は、深成が後ろをついてくるのは追いつけないからだと思ったらしい。
 周りの目など、全く気にならないようだ。

「あ、ううん。あの、変に横歩いたら、わらわが彼女と思われそうで。そしたら先輩に迷惑がかかるし」

 深成が言うと、真砂は怪訝な顔をした。

「それのどこが迷惑なんだよ。そんなこと、気にすんな」

 そう言って、真砂は自ら深成の横に並ぶ。
 ちょっときゅん、とし、深成はちらりと傍らの真砂を見上げると、大人しく横を歩いた。