さてこちらは真砂の車から追い出されてしまった深成。

「まぁったくゆいは。あり得ないよ。どれだけ真砂課長に迷惑かけたら気が済むんだ」

 助手席で、千代がご立腹だ。
 さすがの清五郎も呆れている。

「あそこまで周りの空気を読まずに我が儘を通せるってのも凄いよな。真砂の車だって、わかった上での行動か? よく叩き出されなかったな」

「深成が気を利かせて、さっさと離れたからですわよ。深成も、泣いてやれば良かったのに。そしたら課長は、有無を言わさずゆいを放り出したよ、きっと」

 途中から後ろを向いて、千代が深成の鼻先に指を突き付けて言う。
 深成は困ったように、ぽりぽりと頬を掻いた。

「だ、だって。折角の旅行の最後に、空気が悪くなるのは嫌じゃん」

 へら、と笑う深成の横で、羽月が、じ、と見ている。
 追い出されても皆のことを優先する深成がいじらしくて、きゅんとしてしまう。

「深成ちゃん。おいらが今度、ゆいさんをキツく叱っておくからね」

 ぎゅ、と拳を握りしめて言うが、そんな羽月を清五郎が笑い飛ばした。

「やめておけ。そんなことしたら、お前が完膚無きまでにやられるぞ」

 ぐ、と黙り、しおしおと項垂れる。
 だが羽月からすると、実はゆいに感謝するところなのだ。

 旅行中はなかなか喋れなかったが、今ここにきて、チャンスがやってきた。
 わざわざ自ら勇気を出して喋りに行かなくても、すぐ隣にいるのだ。

 よし! と密かに気合いを入れ、話しかけようと深成を見る。
 だが、いざ喋ろうと思っても、話題が見つからない。

「え、えっと……。そのぉ……」

 ごにょごにょと言う羽月だが、深成は気付かず窓の外を見ている。
 元々ラジオのボリュームが後部座席メインなのだ。

 必死で話題を探していた羽月が、そうだ、と閃いた。
 折角ラジオがかかっているのだから、音楽の話をすればいい。
 そしたら深成のことも、もうちょっとわかるだろうし! と意気込み、次の曲がかかるのを待つ。

 が、そこで、ふ、とラジオが途切れた。

「ところで、どうするかな。派遣ちゃんの家って、西方面だよな」

 清五郎が絶妙のタイミングでラジオを切ったのだ。
 がっくりと、羽月は肩を落とした。

「うん……そうなんだけど」

「あ! そういやあいつが考えなしにいきなり向こうに乗ったから、荷物もないんじゃないか!」

 千代が気付いて叫ぶ。
 深成の荷物は真砂の車だ。
 ゆいも荷物を持たずに向こうに乗った。

「もーっ! 何て馬鹿なんだ! どうするつもりなんだ、あいつは!」

 苛々と、千代が拳で膝を叩く。
 深成は、さして慌てるでもなく、形だけう~ん、と首を傾げた。
 深成は別に、真砂が荷物を持って帰ってくれればいつでも行けるので構わないのだ。

「あの、わらわ、適当に降ろしてくれれば、電車で帰るよ。幸い荷物はないし」

 財布と携帯はポッケに入っている。
 清五郎の家だって行ったことはあるので、遠いが帰り道はわかる。

「何でゆいのために、深成がそんな目に遭わないといけないんだ!」

 憤懣やる方ないといったように、千代がびしびしと拳を打つ。
 勝手なことばかりするゆいに、腹が立ってしょうがないらしい。

「派遣ちゃんの家まで送ってやるよ。どの辺だ?」

 清五郎が言うが、深成は、ぶんぶんと首を振った。

「い、いいよ。遠いもん。清五郎課長だって疲れてるでしょ」

「けど、部下の不始末は上司が責任を取らんとな」

 とはいえ車は、すでに分岐点を過ぎて東方面に向かっている。

「とりあえず、東から送って行くから。ちょっと遅くなるけど、いいだろう?」

「う、うん。ありがとう」

 結局清五郎は、もっとも東寄りの千代から、最終的には自分の家を通り過ぎて深成を送る羽目になった。