夕方、自席での仕事に戻った捨吉は、ちらりと斜め前の深成を見た。
 その横のあきは、今は外出中だ。

「ねぇ深成」

「何?」

 捨吉に呼ばれ、深成がぴょこりとモニターの向こうから顔を出す。

「深成はさぁ、誕生日に何が欲しい?」

「え~? わらわのお誕生日、まだまだ先だよ? 何かくれるの?」

「あげてもいいけど。ああ、でも深成だったら、何かわざわざ聞かなくてもわかるな」

「何、何なの?」

「いやぁ、普通の女の子は、どういうものが欲しいのかなって」

「何、わらわは普通じゃないみたいじゃん」

「普通じゃないとは言わないけど。でもわかりやすいよ。お菓子とかだろ?」

「当たってるけどさっ」

 ぷーっと膨れる深成を笑いながら見、捨吉はふと思いついて顔を上げた。

「そうだ。でも深成だって、それなりに仲良しの男の子から、これ貰ったらグラッといくなってもの、あったりする?」

「え~? ……う~ん、元々好きじゃないと、何貰ってもそんな風にならないよ」

「そっかぁ。まぁそうかもね」

 う~む、と再び捨吉が考え込む。
 確かにそういうのは、物で釣るようで嫌だ。
 あきだって、そんな物で釣られるような子ではない。

---あきちゃん、何が好きなのかなぁ。絵が好きって言ってたけど……。そんなのあげられないし---

 あきの誕生日がもうすぐらしいのだ。
 この機会に何かプレゼントしようと思うのだが、いまいち何をあげればいいのかわからない。
 付き合ってるわけではないのだ。

---ゆいさんと仲良しといっても、ゆいさんに聞くわけにもいかないよなぁ---

 ゆいは捨吉を好いているようなのだ。
 そんな子に、別の女の子の情報を求めるような残酷なことは出来ない。
 それに、ゆいの性格からいって、そんなことをすれば、あきに被害が及びそうだ。

---う~ん、もう課長の言うように、ずばんとあきちゃんに聞こうかなぁ。でもあきちゃん、遠慮しそうだしなぁ---

 悩んでいた捨吉だったが、そうだ、と顔を上げた。
 恋愛相談には打ってつけの先輩がいるではないか。

「千代姐さん。今日は、とっとと上がれますか?」

 捨吉からは深成と反対側の斜め前にいる千代に声をかける。

「うん? そうだね、定時……ちょっと過ぎには上がれるけど」

「じゃ、飲みに行きましょう。ちょっと相談したいことがあるんで」

「へぇ? 珍しいね。いいよ」

 軽く頷く千代に、ほっと胸を撫で下ろし、捨吉は仕事に戻った。



 そして六時前に、捨吉は千代と一緒にフロアを出た。
 それを、え、という目であきが見る。

「……捨吉くん、千代姐さんと飲みに行くの?」

 何となく捨吉本人に聞くのは勇気がなく、あきは二人が出て行ってから、残業している深成に何気なく聞いてみた。

「ああ、何かあんちゃん、千代に相談したいことがあるんだって」

 お仕事のことじゃない? と言う深成に、そっか、と答え、少しだけあきは胸を撫で下ろした。
 が、そこにゆいが駆け込んでくる。

「あ、あきっ」

「どうしたの、ゆいちゃん」

「あたし今、上の会議室から降りてきたんだけど、入れ違いに捨吉くんと会ったのよ!」

「ああ、さっき帰ったから」

「千代姐さんと一緒だったわ! 何なの、あの女!」

「えっと、ただそこで一緒になっただけじゃないの?」

 入れ違いにエレベーターで一緒になっただけだったら、一瞬しか会ってないはずだし、たまたまエレベーターホールで一緒になることだってある。
 あまり詳しく教える必要もないと思い、適当にあしらおうとしたあきだったが、ゆいは、ばん、と机を叩いた。

「飲み屋でいいですかって聞いてたわ! あの女、捨吉くんにまで手を出して!」

 あちゃー、とあきは密かに頭を抱えた。
 何とタイミングが悪いのだろう。
 まぁ捨吉にとっては、ゆいなどどうでもいいのだろうから、別に気にせず千代と話をしていたのだろうが。

「別にゆいちゃんだって、捨吉くんと付き合ってるわけじゃないじゃない。捨吉くんが誰と飲みに行っても自由でしょ?」

「だって、あんたと違って千代姐さん相手じゃ、勝ち目なんかないもの」

 平気で失礼なことを言うゆいに、あきはちょっと、むっとした。

「じゃあ別に、あたしが捨吉くんを好きでも、ゆいちゃんは構わないのね」

「へぇ?」

 ちょっと、ゆいが片眉を上げた。
 が、その目はやはり、どこか馬鹿にしたような雰囲気だ。

「捨吉くんは誰にでも優しいもの。ファンは多いと思うわよ?」

 ねぇ? とあきが、横の深成に同意を求める。
 うっかり自分も好きだというようなことを言ってしまったので、さりげなく対象範囲を広げてみたのだ。

 一応ゆいとは友達なので、陰で捨吉を奪うようなことはしたくはないが、ここは社内だ。
 ゆいにだけ言うのならともかく、まだ皆がいるところで宣言することでもない。

 自分も好いている、ということは残したまま、だがそこは、すかさず流した。

「そだね。あんちゃんのことは、わらわも好き」

 でも課長のことは、もっと好きだけど、と心の中で付け足し、深成は一人で赤くなる。
 それに、ゆいが目ざとく反応した。

「ちょっと! あんたまで捨吉くんに手ぇ出す気?」

「えっ?」

 慌てて深成が身構える。
 深成が赤くなったのが、あきに同意した後だったので、誤解されたようだ。

「あんたみたいなお子様が、捨吉くんに釣り合うとでも思ってんの? おこがましいにも程があるわよ!」

「ち、違うもん。あんちゃんのことは好きだけど、そういうんじゃないもん」

「はぁっ? 何その言い方。自分がどれほどのもんだと思ってんのよ!」

 どう言えばいいのだ。
 ゆいは深成が何を言っても気に食わないらしい。
 しくしくと、深成はあきの後ろに隠れた。

「もぅゆいちゃん。そんな誰もかれもに噛みつくような子、捨吉くんだって敬遠するわよ。深成ちゃんのことだって、捨吉くん可愛がってるんだから、苛めたらゆいちゃんが嫌われちゃうわよ」

「その前に、俺の前で俺の部下を苛めるな」

 不意に真砂が口を挟んだ。
 おお! とあきが、目を輝かせて上座を見る。
 真砂が他人を庇うとは珍しい。

---まぁ上司としては、部下がこんな理不尽な言いがかりをつけられてたら、庇ってあげるのもおかしくないけど。深成ちゃんが泣かされたからかしら? 『俺の部下』の中には、あたしも含まれてるのかしらね? もぅ課長ったら、そんな気遣わなくても、『俺の深成を苛めるな』って言ってくれてもいいのに!---