「深成ちゃんっ」

 一歩、六郎が前に出た。
 ぴく、と深成の身体が強張り、そろりと上目遣いに六郎を見る。

「わ、私は深成ちゃんのことが好きなんだ」

 きっぱりと、六郎が言った。
 ここの研修が終わる頃には、深成にちゃんと告白しようと決心していたのだ。

 今のままでは何だか誤解されたままだ。
 誰にでもあんなことをする人間だと思われるのは、真面目な六郎には耐えがたい。
 六郎が心配するのも、抱き締めたりするのも、深成だけだということは知って欲しいのだ。

 六郎の告白に、深成は顔を上げた。

「わらわ、彼氏がいる」

 これまた深成もきっぱりと言った。
 が、六郎は諦めない。

「それは、この前言ってた人だろ? 彼女だって認めてくれないような人のことだろ?」

「ちゃんと認めてくれたもん。わらわもその人のことが好きなの」

 何だかこの前とは雰囲気が違う。
 意地になって彼氏だと言い張っている風でもない。

「本当に、その人って深成ちゃんを大事にしてくれてるの?」

 六郎が、疑わしそうな顔をする。
 前に深成が口走ったことから考えても、どうしても深成が大事にされているとは思えないのだ。
 相手が本当に、あの男であれば、の話だが。

 だが深成は、こっくりと頷いた。

「……深成ちゃん。この前、『課長』って言ったね。『課長はちゃんと好いてくれてる』って言ってたけど……。まさか、深成ちゃんの彼氏って……」

 六郎の言葉に、びくんと深成の肩が震えた。
 目が怪しく泳ぐ。
 自分がそんなことを口走ったことは、覚えていないようだ。

---や、やばい。わらわ、あのときはもう逆上しちゃって、何叫んだかわかんなかったけど……。課長って出しちゃったんだ---

 だらだらと密かに汗を流す深成を見つつ、六郎は慎重に口を開いた。

「……清五郎課長……とか?」

 あの課長であれば、掴みどころはないが、皆に優しかったような。
 深成とそう仲良しな感じでもなかったが、裏で付き合っている可能性も否定出来ない。
 隠すのも上手そうだ。

「へ? ……ああ……え~と……う、う~~ん……」

 嘘のつけない深成は、何と答えていいものやら、視線を彷徨わせたまま、煮え切らない答えを返す。
 が、初めの『へ?』で、違うということはバレバレだ。

 顔に、何故その名前が、と思い切り書いてあった。
 六郎も大概わかりやすいが、深成も相当だ。

---や、やっぱり真砂課長なのかっ? 他にも課長はいるだろうが、それこそ何の接点もないだろう。そ、それにしても、まさかあの暴君が彼氏だとは……!!---

 己の考えに、六郎は拳を握り直すと、ぐっと深成に詰め寄った。

「い、いかん! 駄目だよ! あんな、深成ちゃんを蹴り上げるような人、深成ちゃんを大事にしてるとは思えないよ! 深成ちゃん、騙されてる!」

「違うって! 課長だって優しいんだからっ!」

 叫んでしまってから、あわわ、と深成は慌てて口を押えた。
 何となく気付かれている六郎はともかく、ここはエレベーターホールだ。
 あまりでかい声でこんなこと、喋るところではない。

 その時、かちゃりとフロアのドアが開いた。

「……何やってるんだ」

 真砂が出てくる。
 あからさまに、深成がほっとした顔になった。
 ここはもう、本人に聞いてやれ、と、半ばやけくそ気味に、六郎は真砂に顔を向けた。

「真砂課長。あなたと深成ちゃんは、付き合ってるんですか?」

 真砂は若干訝しげな顔をし、ちらりと深成を見た。
 口元を押さえたまま、深成は困ったような顔で視線を彷徨わせている。

「だったら何だ。そんなこと、お前に関係あるのか?」

「大ありです! あなたは飲み会の席で、あろうことか深成ちゃんを蹴り飛ばした。そんな乱暴な人に、深成ちゃんは渡せません。あなたが深成ちゃんを大事にしてるとは思えないし、彼女だって認めないまま弄ぶなんて許せません。上司という立場を利用して、彼女をいいようにしているのでしょう?」

 はきはきと言う六郎に、真砂はこの上なく冷たい目を向けた。
 ふぅ、と一つ息をつく。

「凄い思考だな。そんなこと考えるなんて、お前、かなりむっつりだな」

 ふん、と鼻を鳴らす。
 かっと、六郎の顔が赤くなった。

「それで? 何をやっている、と聞いているんだ。くだらないことしてねぇで、ほれ、とっとと戻れ。まだ仕事は残ってる」

 ぽん、と深成を促す。

「くだらないことではありません! 私は深成ちゃんに、正式に交際を申し込んでいるんだ!」

 え、そうなの? と深成が目を剥く。
 が、あっさりと首を振った。

「だから、わらわには彼氏がいるんだって」

「それは彼氏じゃないって言ってるだろう。遊ばれてるんだよ!」

 言い募る六郎が手を伸ばす。
 が、その手が深成を掴む前に、ぱし、と真砂に払われた。

「見苦しい。お前は振られたんだ。潔く身を引くことも出来んのか」

「見苦しくても、好きな子を守るためなら構いません!」

 一歩も引かない六郎に、真砂は渋い顔で頭を抱えた。
 そして、深成を軽く押して、その場を去らす。
 ちょっと不安そうに、ちらちらと真砂を見ながら、深成がフロアに入ってしまうと、何だか一気に周りの空気が冷たくなったような。

「……遊んでるって?」

 ゆっくりと、真砂が六郎を見た。
 纏う空気も、瞳も声も、先程とは比べ物にならないほど冷たい。
 ぞく、と六郎の背中を、寒気が襲った。

「お前は俺が、あいつで遊んでいると思うのか」

「す、少なくとも私は、好きな子を蹴ったりしません」

 がらりと変わった空気に、六郎は気圧されながらも意見を述べる。
 が、真砂は馬鹿にしたように口角を上げた。

「お前はてめぇの女が、他の男の膝枕で寝ていても、何もしないのか」

 六郎は、はっとした。
 あれは深成が、六郎の膝枕で寝ていたからか。
 嫉妬故の行為だったというのか。

 そういえば、あきも『あれは深成が迂闊だった』と言った。
 深成の無防備さが、真砂の逆鱗に触れたということだ。

「で、でも。何も蹴ることはないではないですか。相手は女の子ですよ?」

「知ったことか。俺はそんなに優しくない。大体お前も、でれでれ鼻の下伸ばしてんじゃねぇよ。お前が膝をのけておけば、俺に蹴られることもなかったんだ」

 どうやら本当の怒りは、六郎に向いていたようだ。
 確かにあんな状況になったら、普通は起こすなりするだろう。
 周りは会社の人間なのだ。

 六郎だって、あきだったら起こしたに違いない。
 深成だから、そのままにしておいたのだ。

「とにかく。これ以上あいつにまとわりつくなよ」

 びし、と六郎の鼻先に、人差し指を突き付ける。
 それだけで、六郎は動けなくなった。

「ま、待ってください! 本当に、あなたは深成ちゃんを想ってるんでしょうね?」

 真砂の背に、六郎が言葉を投げる。
 フロアのドアを開けながら、真砂は、ちら、と六郎を見た。

「お前以上にな」

 にやりと言い、ドアの向こうに消える真砂を、六郎は呆然と見つめるのだった。

・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆
 え~、小咄に出るたびに、男を落とす六郎です。
 何か単なる危ない奴になりつつあるような( ̄▽ ̄;)
 あきちゃんよりも始末の悪い、思考も行動も暴走するタイプですからねぇ。

 今回は真砂の壁ドンが何気に入っております。
 ようやっとはっきりと、真砂と深成は恋人同士になったようですな。
 もうそのうち同棲しそうですなぁ。

 そろそろ真砂の我慢も限界のようだし。
 会社でも隙さえあれば、らぶらぶな二人です。

 そして傷心の六郎は、高山建設でちゃんと仕事出来るでしょうか( ̄▽ ̄)
 こんな暴走社員を抱えて、高山建設の社長も大変だな……。

2015/07/27 藤堂 左近