木曜日。
 結局飲み会はこの日になった。

 六時半に、きょろ、と捨吉が周りを見回す。
 そして、上座の様子を窺った。

「課長。出られますか?」

「ああ……。そうだな、先に行っておいてくれ」

 真砂はまだ仕事が終わらないようだ。

「わかりました。深成は? 出られる?」

「ん……うん」

 ちろ、と真砂を見る深成を、隣の席からあきが、じ、と見た。
 その目尻は微妙に下がっている。

「じゃあ行こう。千代姐さんもまだだし、丁度四人だから、タクシー一台で行けるね」

 そう言って席を立つ捨吉に、真砂がふと顔を上げた。

「一人増えるかもしれんが、大丈夫かな」

「え?」

「清五郎も行くかもしれん。あいつとも可能であれば、目通りしておいてほうがいいだろう」

「あ、わかりました」

 フロアから出るところで、もう一度深成は真砂を振り向いたが、真砂は特に顔を上げることもなく、仕事に戻っていた。



「料理は待っておいたほうがいいよね。とりあえず、お酒だけは先にやらせてくださ~い」

 店に着いて部屋に通されるなり、捨吉は飲み物のメニューを開いた。

「六郎さんは飲める人ですか? ビールでいいですかね? 深成は何にする?」

「ん~~……どうしよっかな……」

 捨吉に提示されたメニューを睨んでいた深成は、迷った末に、一番下の欄を指した。

「とりあえず、オレンジジュース」

「あれっどうしたのさ」

 意外そうに、捨吉が言う。

「深成ちゃん、飲めないの?」

 六郎が言いつつも、内心では納得した。
 子供っぽい外見で酒豪よりは、見たまんまのお子様度合いのほうがいい。
 丸っきり飲めないなど、可愛いではないか、と頬が緩む。

「飲めないわけではないんだけど……」

 メニューを置き、深成が言う。
 何となく、真砂がいないと不安なのだ。
 あきはそんな深成の気持ちを鋭く察し、ふふふ、と不気味に笑った。

---そうよねぇ。深成ちゃん、考えてみれば課長以外の人の前で酔っ払うことってないものねぇ。課長でないと安心出来ないのね---

 ああ、早く課長、来てちょうだい、と天を仰ぐあきとは反対に、捨吉は、そうなの? と不満そうに店員さんの呼び鈴を押した。
 ビール三つとオレンジジュースを頼み、とりあえずの乾杯をする。

「どう、六郎さん。うちの課は」

「う~ん、結構ハードだよね。一見穏やかに動いてるみたいだけど、仕事内容はかなりハードで、ちょっとびっくりした。真砂課長の仕事っぷりにも舌を巻いたよ」

「そうでしょーー!! 課長、凄いでしょ!」

 一気に捨吉のスイッチが入る。
 ぐいーっとビールを飲むと、ずいっと身を乗り出して、熱く語る。

「何と言っても、真砂課長はわが社の誇るエースですもん! 社長の覚えもめでたい、出世頭ですよ! あの若さで課長ですし、見た目も申し分なく格好良いでしょ! 女子社員の憧れの的ですよ!!」

 まるで女子である。
 拳を握りしめて力説する捨吉に驚きながらも、六郎はああ、と頷いた。

「た、確かに。私よりも若いんだろうに、凄いよね」

「課長のお蔭で、うちの一課の業績はずば抜けてるんです! ていうか、うちの営業部は優秀なんですよ。二課の清五郎課長もやり手だし。営業の課長は二人とも、人気なんです」

 きらきらと、まるで我が事のように嬉しそうに言う捨吉に、若干六郎が引き気味になる。
 だが上司を尊敬するのはいいことだ。

「そうか。そこまで尊敬できる上司ってのも凄いよね」

「ええ! 皆真砂課長のこと、大好きですもん!」

 なぁ、とご機嫌な捨吉に話を振られ、深成もこくりと頷いた。
 六郎の横で、深成は大人しくオレンジジュースを飲んでいる。

「あ~、早く課長たち来ないかな~。ビール飲んじゃった。追加も頼んじゃおう」

 そう言って、捨吉が頼んだのは日本酒。

「六郎さんも結構飲めるんですね~。いやぁ、嬉しいなぁ」

 すでに酔いの回っている捨吉が、六郎に日本酒を注ぎながら笑う。
 ちなみにお猪口は人数分。

「ほら、あきちゃんも。この日本酒、結構美味しいよ」

「もぅ、捨吉くん。まだご飯来てないのにそんなに飲んだら、また潰れるわよ」

「だって食べ物は課長を待たないと~。深成、これ飲んでごらん。水みたいで飲みやすいよ」

 へらへら笑いながら、捨吉は深成の前に置かれたお猪口に日本酒を注ぐ。
 くん、と鼻を動かし、にゃ、と顔をしかめた深成だったが、好奇心からか、ちろ、と舐めてみる。

「ん~、うん、水みたい……?」

「だろ~?」

 どぼどぼと酒を注ぐ捨吉に、あきが少し慌てた。

「ちょっと捨吉くんっ。まだ課長来てないんだからねっ」

 真砂が来てないうちから深成が酔っ払っても面白くないではないか。
 思わず心の声が半分出てしまったあきだったが、深成は深く考えず、うん、と頷いた。

「でもこれ、水みたいだし」