そして週明け。
深成が出社したときには、すでに真砂の席に鞄があった。
が、姿がない。
打ち合わせかな、と思いつつ仕事をしていると、しばらくしてから一人の男性を従えて、真砂がフロアに入って来た。
「今日からしばらく、うちで研修することになった。営業は初めてだそうだから、まぁ何かあったら皆でフォローを頼む」
真砂に紹介されて、その男性は軽く頭を下げた。
「海野 六郎です。よろしくお願いします」
「席はここだ。捨吉、明日行くクライアントの資料を渡しておいてくれ」
とん、と深成の前の席を示し、真砂はさっさと自席に戻る。
「じゃあこれに目を通しておいてください。あ、深成。備品のありかとか、教えてあげてね」
捨吉が六郎に資料を渡しながら、深成に声をかけた。
それに、え? と六郎が前を見る。
モニターの陰からぴょこりと顔を出した深成に、驚いた顔をする。
完全に見えていなかったらしい。
「うちの派遣の、深成。庶務関係でわかんないことがあったら、深成に聞いてくださいね」
「あ、ああ。よろしく」
捨吉に紹介され、前に座りつつ、六郎は深成をじっと見た。
「あ、じゃあ先に、備品だけ説明しちゃうね」
深成が立ち上がり、六郎を伴って、てこてことフロアの端に歩いて行く。
「あの棚の中に、基本的な文房具とかファイルとかは揃ってるから」
一課と二課の間辺りの通路で話していると、気付いた羽月が、二課のほうから、たたた、と駆けてきた。
「深成ちゃん。どうしたの? 清五郎課長に用事?」
「あ、ううん。何でもない」
ちょっと構えて、深成が一歩下がる。
「そうだ。あのさ、この前の飲み会も来れなかったでしょ? 今度は深成ちゃんの予定に合わすよ。いつが空いてる?」
「あ……。え、え~と、ちょ、ちょっとわかんないなぁ~」
「じゃあさ、都合のいい日、連絡してよ。おいらの連絡先、教えておくから」
「ええっと……」
困ったような顔の深成にも気付かず、メモ帳におそらく連絡先であろうものを走り書きする羽月だったが、それを渡そうと顔を上げて、初めて深成の後ろに立つ六郎に気付いたようだ。
ちょっと気圧されたように、動きが止まる。
「えっ……と?」
困惑気味に深成と六郎を見る羽月に、六郎が一歩前に出た。
「今日から一課にお世話になっている、海野 六郎だ。今は就業中だろう? わざわざ席を立っての私的な会話は、すべきではないのではないか? 彼女は今、私を案内してくれているんだ。用事なら、後にしてくれ」
きっぱりと言う。
今日来た、というわりには、さすがに新人でないだけに、どこか威圧感がある。
まして他の会社からの出向なだけで、別にこの会社に転職してきたわけではないのだ。
一番下っ端なわけでもない。
「あ、えっと。うん、そういうことなんで、またね」
そそくさと、深成が六郎を促し、その場を離れた。
「ごめんね。何となく、ぐいぐい来られて困ってるように思ったから。余計なことだったかな」
一旦エレベーターホールまで出たところで、六郎が口を開いた。
深成は、あちゃ、と顔をしかめた。
「ううん、助かった。わらわ、やっぱりどうしても、すぐに顔に出ちゃう。気を付けないとね」
にこりと笑う深成に、六郎は興味を覚えた。
一目見たときから気になっていたのだ。
「ねぇ。派遣さんって、君だけなの? 営業って一課だけじゃないよね?」
「うん。でも二課に派遣はいないよ。わらわは課長がね」
と、ここまで言って深成は赤くなった。
どうしても、真砂のことを話すと意識してしまう。
「ああ、あの課長は、いかにも出来そうだよね。ここの社長が、しきりにエースだって言ってたよ。男前だよね」
「そ、そうだね」
スケベだけど、と心の中で思いつつ、また赤くなる。
「とりあえず、これからしばらくお世話になるよ。よろしくね」
にこりと笑って差し出された手を、深成も握り返した。
夕方には、六郎は手馴れた風に、今日の業務報告をまとめていた。
「へぇ。さすが、きっちりしてますね」
捨吉が、感心したように言う。
そして、真砂のほうに顔を向けた。
「課長。六郎さんの歓迎会、手配しておいていいですか?」
「ああ」
特に顔を上げることもなく言う真砂に、捨吉は、やった、と呟き、いそいそとPCに向き直る。
そして前の席のあきと千代に声をかけた。
「何が食べたい? 千代姐さんの予定を優先したほうがいいかな。忙しいでしょうし。いつがいいですか?」
「そうだねぇ~。まだあの案件は終わりそうにないし……」
千代がため息と共に答える。
「でも大詰めじゃないほうがいいでしょうし、早めにしましょうかね。あきちゃんも深成も、週末がいいよね?」
「そうねぇ。そのほうが助かるかな」
「じゃ、適当に探しておくね。六郎さんは、好き嫌いとかないですか?」
「ああ、特には」
そうこうしているうちに、終業のチャイムが鳴った。
少し残業をして、深成がPCを落としていると、少しだけブースで真砂と打ち合わせをしていた六郎が帰って来た。
「あれ、もう上がり?」
前の席につきながら、六郎が深成に声をかける。
「うん」
机の上を片していると、真砂が、とん、とファイルを置いた。
「悪い。これだけ、いつものキャビネにしまっておいてくれ」
「あ、はい」
大きなファイルを抱えて、深成がててて、と駆けて行く。
その姿をほのぼのと眺め、六郎も帰り支度を始めた。
そして真砂に挨拶してフロアを出て行こうとしたところで、戻ってきた深成と出会う。
深成もすぐに鞄を持って出てきたので、エレベーターホールで一緒になった。
「深成ちゃんの家は、どっちの方向なの?」
「西のほう。海野さん……だっけ」
「六郎でいいよ。私も西なんだ。といっても、今日は一旦、自社に戻るんだけどね」
「そっか。大変だね」
話をしている間に、ちん、とエレベーターが来た。
開いたドアから、羽月が降りてくる。
「あ、お疲れ様」
深成が言うと、羽月は、ちらりと六郎を見、ちょっと躊躇った後、折りたたんだメモを取り出した。
「こ、これ、おいらの連絡先。よかったら、連絡してね」
深成に押し付けるように渡すと、お疲れ様! と言って、そそくさとフロアに入っていく。
ぽかんとしていると、ぽん、と六郎が深成の肩を叩いた。
「とりあえず、エレベーター。閉まってしまうよ」
「あ、そ、そうだね」
六郎に促され、深成もエレベーターに乗った。
「彼は……友達?」
六郎が、少し躊躇いがちに聞く。
まだ今日来たばかりの六郎には、ここの人間関係がいまいちわからない。
羽月は社員だが、歳も深成とそう変わらないようだし、仲が良くても不思議ではない。
が、深成は少し首を傾げた。
「ん~……。友達、というわけでもない。ちょっと、喋ったことがある程度……」
「え、そうなんだ」
六郎も、ちょっと驚いた。
でも、と深成を見る。
---この子なら、一目惚れされても不思議ではないしな---
千代のような華やかな美しさとは無縁だが、とにかく可愛らしい。
瞬間的に、『うわ、可愛い!』と思ってしまうと、もう気になって仕方ないのだ。
現に六郎がそうである。
---しかし、早くもライバル出現か---
ひそりと思うが、羽月からしたら六郎のほうが降ってわいたライバルである。
実はもっと強力なライバルがいるのだが、そこはまだ気付いていない。
「もし困ってることがあったら、いつでも相談に乗るよ」
どうしたもんか、と先程羽月から渡されたメモを手の上で遊ばせている深成に言うと、深成はちらりと六郎を見上げ、にこりと笑った。
「うん、ありがとう」
---可愛い!!!---
内心悶絶しつつも、六郎は平静を装って、大人の笑みを浮かべた。
深成が出社したときには、すでに真砂の席に鞄があった。
が、姿がない。
打ち合わせかな、と思いつつ仕事をしていると、しばらくしてから一人の男性を従えて、真砂がフロアに入って来た。
「今日からしばらく、うちで研修することになった。営業は初めてだそうだから、まぁ何かあったら皆でフォローを頼む」
真砂に紹介されて、その男性は軽く頭を下げた。
「海野 六郎です。よろしくお願いします」
「席はここだ。捨吉、明日行くクライアントの資料を渡しておいてくれ」
とん、と深成の前の席を示し、真砂はさっさと自席に戻る。
「じゃあこれに目を通しておいてください。あ、深成。備品のありかとか、教えてあげてね」
捨吉が六郎に資料を渡しながら、深成に声をかけた。
それに、え? と六郎が前を見る。
モニターの陰からぴょこりと顔を出した深成に、驚いた顔をする。
完全に見えていなかったらしい。
「うちの派遣の、深成。庶務関係でわかんないことがあったら、深成に聞いてくださいね」
「あ、ああ。よろしく」
捨吉に紹介され、前に座りつつ、六郎は深成をじっと見た。
「あ、じゃあ先に、備品だけ説明しちゃうね」
深成が立ち上がり、六郎を伴って、てこてことフロアの端に歩いて行く。
「あの棚の中に、基本的な文房具とかファイルとかは揃ってるから」
一課と二課の間辺りの通路で話していると、気付いた羽月が、二課のほうから、たたた、と駆けてきた。
「深成ちゃん。どうしたの? 清五郎課長に用事?」
「あ、ううん。何でもない」
ちょっと構えて、深成が一歩下がる。
「そうだ。あのさ、この前の飲み会も来れなかったでしょ? 今度は深成ちゃんの予定に合わすよ。いつが空いてる?」
「あ……。え、え~と、ちょ、ちょっとわかんないなぁ~」
「じゃあさ、都合のいい日、連絡してよ。おいらの連絡先、教えておくから」
「ええっと……」
困ったような顔の深成にも気付かず、メモ帳におそらく連絡先であろうものを走り書きする羽月だったが、それを渡そうと顔を上げて、初めて深成の後ろに立つ六郎に気付いたようだ。
ちょっと気圧されたように、動きが止まる。
「えっ……と?」
困惑気味に深成と六郎を見る羽月に、六郎が一歩前に出た。
「今日から一課にお世話になっている、海野 六郎だ。今は就業中だろう? わざわざ席を立っての私的な会話は、すべきではないのではないか? 彼女は今、私を案内してくれているんだ。用事なら、後にしてくれ」
きっぱりと言う。
今日来た、というわりには、さすがに新人でないだけに、どこか威圧感がある。
まして他の会社からの出向なだけで、別にこの会社に転職してきたわけではないのだ。
一番下っ端なわけでもない。
「あ、えっと。うん、そういうことなんで、またね」
そそくさと、深成が六郎を促し、その場を離れた。
「ごめんね。何となく、ぐいぐい来られて困ってるように思ったから。余計なことだったかな」
一旦エレベーターホールまで出たところで、六郎が口を開いた。
深成は、あちゃ、と顔をしかめた。
「ううん、助かった。わらわ、やっぱりどうしても、すぐに顔に出ちゃう。気を付けないとね」
にこりと笑う深成に、六郎は興味を覚えた。
一目見たときから気になっていたのだ。
「ねぇ。派遣さんって、君だけなの? 営業って一課だけじゃないよね?」
「うん。でも二課に派遣はいないよ。わらわは課長がね」
と、ここまで言って深成は赤くなった。
どうしても、真砂のことを話すと意識してしまう。
「ああ、あの課長は、いかにも出来そうだよね。ここの社長が、しきりにエースだって言ってたよ。男前だよね」
「そ、そうだね」
スケベだけど、と心の中で思いつつ、また赤くなる。
「とりあえず、これからしばらくお世話になるよ。よろしくね」
にこりと笑って差し出された手を、深成も握り返した。
夕方には、六郎は手馴れた風に、今日の業務報告をまとめていた。
「へぇ。さすが、きっちりしてますね」
捨吉が、感心したように言う。
そして、真砂のほうに顔を向けた。
「課長。六郎さんの歓迎会、手配しておいていいですか?」
「ああ」
特に顔を上げることもなく言う真砂に、捨吉は、やった、と呟き、いそいそとPCに向き直る。
そして前の席のあきと千代に声をかけた。
「何が食べたい? 千代姐さんの予定を優先したほうがいいかな。忙しいでしょうし。いつがいいですか?」
「そうだねぇ~。まだあの案件は終わりそうにないし……」
千代がため息と共に答える。
「でも大詰めじゃないほうがいいでしょうし、早めにしましょうかね。あきちゃんも深成も、週末がいいよね?」
「そうねぇ。そのほうが助かるかな」
「じゃ、適当に探しておくね。六郎さんは、好き嫌いとかないですか?」
「ああ、特には」
そうこうしているうちに、終業のチャイムが鳴った。
少し残業をして、深成がPCを落としていると、少しだけブースで真砂と打ち合わせをしていた六郎が帰って来た。
「あれ、もう上がり?」
前の席につきながら、六郎が深成に声をかける。
「うん」
机の上を片していると、真砂が、とん、とファイルを置いた。
「悪い。これだけ、いつものキャビネにしまっておいてくれ」
「あ、はい」
大きなファイルを抱えて、深成がててて、と駆けて行く。
その姿をほのぼのと眺め、六郎も帰り支度を始めた。
そして真砂に挨拶してフロアを出て行こうとしたところで、戻ってきた深成と出会う。
深成もすぐに鞄を持って出てきたので、エレベーターホールで一緒になった。
「深成ちゃんの家は、どっちの方向なの?」
「西のほう。海野さん……だっけ」
「六郎でいいよ。私も西なんだ。といっても、今日は一旦、自社に戻るんだけどね」
「そっか。大変だね」
話をしている間に、ちん、とエレベーターが来た。
開いたドアから、羽月が降りてくる。
「あ、お疲れ様」
深成が言うと、羽月は、ちらりと六郎を見、ちょっと躊躇った後、折りたたんだメモを取り出した。
「こ、これ、おいらの連絡先。よかったら、連絡してね」
深成に押し付けるように渡すと、お疲れ様! と言って、そそくさとフロアに入っていく。
ぽかんとしていると、ぽん、と六郎が深成の肩を叩いた。
「とりあえず、エレベーター。閉まってしまうよ」
「あ、そ、そうだね」
六郎に促され、深成もエレベーターに乗った。
「彼は……友達?」
六郎が、少し躊躇いがちに聞く。
まだ今日来たばかりの六郎には、ここの人間関係がいまいちわからない。
羽月は社員だが、歳も深成とそう変わらないようだし、仲が良くても不思議ではない。
が、深成は少し首を傾げた。
「ん~……。友達、というわけでもない。ちょっと、喋ったことがある程度……」
「え、そうなんだ」
六郎も、ちょっと驚いた。
でも、と深成を見る。
---この子なら、一目惚れされても不思議ではないしな---
千代のような華やかな美しさとは無縁だが、とにかく可愛らしい。
瞬間的に、『うわ、可愛い!』と思ってしまうと、もう気になって仕方ないのだ。
現に六郎がそうである。
---しかし、早くもライバル出現か---
ひそりと思うが、羽月からしたら六郎のほうが降ってわいたライバルである。
実はもっと強力なライバルがいるのだが、そこはまだ気付いていない。
「もし困ってることがあったら、いつでも相談に乗るよ」
どうしたもんか、と先程羽月から渡されたメモを手の上で遊ばせている深成に言うと、深成はちらりと六郎を見上げ、にこりと笑った。
「うん、ありがとう」
---可愛い!!!---
内心悶絶しつつも、六郎は平静を装って、大人の笑みを浮かべた。