五時半の定時に、深成は仕事を終えた。
 病み上がりなので、仕事を少なくしてくれたらしい。

「じゃ、お先に失礼しま~す」

 言いつつ鞄を持って席を立った深成は、ちら、と真砂を見た。
 真砂も視線を上げ、深成と目が合うと、とん、とさりげなく机の上の、自分の携帯を叩いた。
 そして、すぐに視線を外す。

 深成がフロアから出、会社のビルから出たところで、携帯が鳴る。
 見るとメールが入っている。

<俺の家に行っておけるか?>

 先の合図は、メールを送る、という意味だったようだ。
 電話かと思っていたが、電話だといつ誰が来るかわからないエレベーターホールぐらいしかない。
 真砂は煙草も吸わないので、元々あまり席を立たないのだ。

 すぐに深成は返信した。

<うん。じゃあご飯用意しておくね>

 結局真砂が出張の間は、連絡はなかったし、週末もなかった。
 ここ数日べったりだったお陰で、少し間が開くと寂しく思っていたところに、家に来いというお誘いだ。
 えへへ、と頬を緩め、深成は自分の家の最寄り駅より手前で降り、いそいそと真砂のマンションへと向かった。



 最早勝手知ったる真砂の家でご飯を作っていると、真砂が帰って来た。

「お帰り~。早かったね」

 靴を脱いでいる真砂の元に、ててて、と駆けて行く。
 まるで新婚夫婦のようだが、何か深成だとご主人様の帰りを喜ぶ子犬のようだ。
 可愛いが、色気はない。

「今日のご飯はお肉の生姜焼き。お魚は美味しいの、いっぱい食べてきたでしょ?」

「ああ、まぁな」

「いいなぁ、海鮮の美味しいところって。わらわ、うには苦手だけど、いくらとかさ、カニとかさ」

 廊下を歩きながら、深成がうっとりする。
 そんな深成に冷たい視線を投げ、リビングに入ると、真砂はソファに置いてあった、ちょっと大きめの紙袋に手を突っ込んだ。

「ほら」

 ぼす、と深成の顔に押し付けられたのは、ふわふわの白くま。

「うわぁ! 可愛い!!」

 途端に深成の顔が輝く。

「可愛い~~!! ありがとう!!」

 にこにこと白くまを抱き締める深成に、ちょっと真砂は微妙な顔をした。
 何か言いたそうな表情をしたが、ふい、と背を向けると、上着を脱いでネクタイを取る。

「腹減った」

「あ、もう出来てるよ。座って」

 慌てて白くまを置き、深成は作っておいた夕飯をお皿に入れて並べて行った。

「ビール飲む?」

「いや、お前を送らにゃならんし」

「別にいいよ?」

「荷物が多くなっただろ」

 ぬいぐるみは重くはないが、如何せん嵩張る。
 そっか、と深成は甘えさせて貰うことにした。

「でも課長は、あの子(白くま)を持って帰ってきたんでしょ?」

「いや、他にも荷物があったし、送った。他にも何か、マサ社長が秘書といろいろ見繕って送ってくれたみたいだけどな」

「え~~、いいな~~! マサ社長のところって、スイーツ会社だし、きっと美味しいものいっぱい送ってくれてるよ~~っ」

「一人のところに送られてもなぁ」

「独り占めじゃんっ! 羨ましい!」

 身悶えせんばかりに羨ましがる深成に、真砂は呆れたような目を向ける。

「……まぁ、そっちはまだ来てないから何が来るかはわからんが。週末には届くだろうから、食いに来たらどうだ?」

「うんっ!」

 一瞬も考えることなく、即座に頷く。
 食べ物の威力は凄まじい。
 真砂は苦笑いした。

「清五郎のところにも送られてるから、もしかしたらあいつが何か言ってくるかもしれんがな。確かカニは入ってたと思うし」

「でもそれでも、課長もいるでしょ?」

 ん? と真砂が片眉を上げると、深成はぼりぼりときゅうりを齧りながら、ぼそ、と呟いた。

「清五郎課長の企画だったら、二課の人たちも来るだろうけど、課長がいてくれれば安心だもん」

「羽月か?」

「とか、あの……女の人とか」

 羽月のことは、いまいちわからない。
 ぐいぐい来るが、別に嫌なきとをするわけではないのだ。
 ただ仲良くなりたいだけなのかもしれないし、とも思えるが、ゆいは苦手だ。

「ま、その辺は清五郎が何とかするだろうさ。俺か千代の傍にいれば、そうそう変なことは出来んだろ」

「そだね」

 にこりと笑い、深成は安心して食べ終えた食器を片付けた。



 真砂に送って貰っている間、深成は助手席で、嬉しそうに白くまで遊んでいた。

「可愛いなぁ~。ほんとにこんな子いた? A山動物園て面白いんだよね?」

 真砂のほうに白くまを突き出し、白くまが喋っているように動かす。

「そんな可愛いもんかよ。本物はもっとでかいし、こっちに向かって襲い掛かってくるんだぞ」

「こんな風に?」

 ぬいぐるみの手を持って、にゃーーっと真砂の肩に押し付ける。
 もっとも真砂は運転中なので、そうそう邪魔も出来ないが。

「カニ鍋楽しみ~。課長のお家でやるの?」

「多分清五郎のところだろ。あいつ、一軒家だし」

 そんな話をしているうちに、深成のマンションの前についた。
 深成が荷物をまとめ、白くまを、再びずいっと真砂に突き出す。

「じゃあ課長。これ、ほんとにありがとうね」

 ちゅ、と真砂の頬に、白くまがキスをした。

「……それだけか?」

「ん?」

 深成にしては色っぽいお返しのつもり(どこが)だったが、真砂的には不満らしい。

「そいつは俺が買って来たやつだろ。礼なら、そいつじゃなくてお前がしろよ」

 ちょい、と己の頬を指して言う。
 赤くなって視線を彷徨わす深成に、にやにやと笑いながら、真砂はひょい、と白くまを取り上げた。

「結構恥ずかしかったんだぞ、こいつ買うの」

「そ、そうなんだ」

 もじもじしながら、深成はちらりと真砂を見た。
 どうやらお礼をしないと、白くまは貰えないらしい。

「ありがと、課長」

 小さく言い、おずおずと深成は真砂に顔を近付けた。
 肩に手をかけ、真砂の頬に、軽く唇をつける。

「ふふ、まぁいいだろ」

 にやりと笑い、真砂が持っていた白くまを、深成に渡した。
 ほっとし、笑顔になって白くまを受け取った瞬間、ぐい、と真砂が顔を近付ける。

 あ、と思ったときには、前と同様、唇を塞がれた。
 ゆっくりと唇を離し、至近距離で見つめ合う。

 深成は胸に抱いた白くまをぎゅっと抱きしめると、目を閉じてすぐ前の真砂に、もう一度キスをした。
 二回目のキスは深成からだったので、真砂が少し驚いた顔をする。

「じゃ、また明日ね」

 深成が慌てたように身体を反転させ、あたふたと降りて行く。
 真砂の車を見送りながら、深成は、顔がやたらと熱くなるのを感じた。

---もぅ、何か課長にキスされると、離れたくなくなっちゃう。ほっぺのキスで許してくれないと、わらわまで変になっちゃうよっ!---

 白くまをぎゅっと抱きしめ、深成は何となくどきどきしたまま、マンションの階段を上がっていくのだった。

・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆
 深成病欠、真砂看病編。
 看病という看病もしてない……いや、一番酷いときは飛んできてますが。看病っていうのかね。

 ほんとにこの二人は何なんでしょうか。
 真砂的には、深成はすっかり『俺のもの』のようですが。
 もうキスなんて当たり前になってるし。

 さてでも会社では状況を読めない羽月が深成に猛アタックをかけるかも。
 深成も相当鈍感だから、羽月の気持ちにも気付かないでしょう。

 そしてまたややこしいことになったり。
 真砂課長の心配事は続く……のかも( ̄▽ ̄)

 そういや今回新事実発覚。
 清五郎課長は一軒家に住んでるようですよ。……ますます謎( ̄ー ̄)

 ちなみに左近はA山動物園には行ったことありませぬ。

2015/06/12 藤堂 左近