「深成ちゃ~ん、大丈夫?」

 深成の小さいマンションの扉の前で、インターホンを押したあきは、ぴょこりと顔を出した深成にコンビニの袋を差し出した。

「プリン買ってきたよ。ご飯は捨吉くんが、お弁当買ってきてくれてる」

「ありがとう~。狭いけど、入って」

 相変わらずマスクをし、くまの着る毛布を身体に巻き付けた深成が、のそのそと部屋の奥に引っ込みながら言う。

「お邪魔します。深成、お弁当はどれがいい?」

 捨吉が机の上に買ってきた弁当を並べた。

「わぁ、いっぱい。あんちゃんたちも食べて帰るよね?」

「うん。一人で食べるのは寂しいだろ?」

 こくりを頷き、深成は弁当を物色した。

「お腹は空いてるんだよね~。んでも、ちょっとあっさり系にしておこうかな。このホワイトソースがけのオムライスにする」

 どこがあっさり系なんだか、というものを選び、よろりと立ち上がる。

「お茶淹れるね~」

「あ、いいよ。お茶も買ってきた。温めも、あたしやるし。台所、勝手に触っちゃっていい?」

 あきが立ち上がり、深成を戻す。
 各々選んだ弁当をレンジに放り込み、三人で食事にありついた。

「どう、熱はどんな具合? 病院は行った?」

 捨吉が聞くが、深成はふるふると首を振る。

「まだ行ってない。注射されたら嫌だし。寝てたら治るかなって」

「駄目だよ。結構酷いみたいだし。明日には行きなよ」

 うう、と顔をしかめる深成に、あきが少し目尻を下げて口を開いた。

「そういえば、課長がちゃんと休んでおけって言ってたわよ」

「え?」

 ぱ、と深成が反応する。
 その早さに、あきは目を細めた。

「仕事のことは心配しないでいいってことでしょ。休んでもいいよって言ってたわ」

 言葉足らずな真砂の言ったことを、的確に捕捉しながら伝える。
 多分に希望的観測も入っているが、あながち間違いではない。
 むしろ真砂が超優しく言ったら、その通りだ。

「そ、そっか。うん、わかった」

 俯いて、ぼそぼそ言う。
 相変わらずにやにやと深成を見ていたあきは、つい、と顔を上げて、部屋の中を見回した。

---男の影はなし……。ま、深成ちゃんだものね。当然か---

 いくら何でも、すでに真砂と住んでいることはないだろう。
 それだとさすがにお見舞いは頑として断るだろうし、と思い、一応他の可能性も考える。

---他に彼氏のいる雰囲気もないわね。うん、やっぱり深成ちゃんの相手は、課長一人だわね---

「それにしても深成、結構辺鄙なところに住んでるね」

 弁当を食べ終えた捨吉が、ペットボトルのお茶を飲みながら言う。

「住所だけじゃ、なかなかわからなかったよ。次来れるかも怪しいや」

「そう? まぁ、結構山の中だとは思うけど」

 お見舞いに行く、とは言ったものの、あきも捨吉も深成の家を知らなかったので、あきが住所を聞いたのだ。
 駅からも結構離れた、昔ながらの小さなマンションだ。
 今どきのマンションのようなエントランスもなく、普通に各部屋の前まで誰でも入って来られる。

「気をつけなよ。深成は小さいんだから、ぽてぽて歩いてると攫われるよ」

「もぅ、何で皆、わらわをそんな子供扱いするのさ」

「皆?」

 訝しげな顔をした捨吉に、深成は、おっと、と口ごもった。
 似たようなことを、真砂に言われたのだが、そういえばあの女の人にも子供扱いされた、と思い出し、深成は咄嗟に対象をすり替えた。

「あの、ほら。二課の女の人。あの人にもこの前子供扱いされたもん」

「ああ、ゆいちゃん?」

 じぃっと深成を見つつ、あきが言う。
 どんな小さな動揺も見逃さないような視線だ。

「そうそう。ああ、そのときに、羽月って子も、何かとばっちりで苛められてた」

「ああ、羽月か。ゆいさんは羽月とよく絡んでるよね」

 何も知らない捨吉が、あはは、と笑う。
 そして、面白そうに深成を見た。

「その羽月がさ。今日、来たいって言ってたんだよ。あいつ、深成のこと気に入ってるみたいだなぁ。そんなに仲良くなったの?」

「ええ?」

 僅かに顔をしかめた深成に、おお、とあきは若干身を乗り出した。
 さっき真砂の名前が出たときと、えらい違いだ。

---課長のときは、あんなに嬉しそうな顔になったのに。わお、わかりやすいわねぇ---

 うほほ、とテンションの上がったあきの横で、これまた無邪気に捨吉があき好みの話題を深成に振った。

「羽月なんてどう? ちょっとガキっぽいけど、良い奴だよ」

「え~? やだよ」

 考えることもなく、深成がぶった切る。
 おや? と捨吉は、ちょっと意外そうに目を丸くした。

「何で? 何かされた?」

「そうじゃないけど~。だってやっぱり、よく知らないもん」

「まぁね。じゃあまた今度、あいつ誘って飲みに行こうよ」

 言いつつ、捨吉はごみを片付けた。
 そして、あきに顔を向ける。

「あきちゃんも、一緒に行こうね」

「う、うん。ていうか捨吉くん。あたし誘うの、ゆいちゃんブロックでしょ?」

「あはは。だって俺、ゆいさんよりあきちゃんのほうがいいもん」

 明るく笑いながら言う。
 あきの顔が赤くなる。
 ずばりと言われたが、あまりにあっさりとした物言いなので、どういう気で言ったのかが、いまいちわからない。

---うう、捨吉くん、反則だわ。何爽やかに気になること言ってくれちゃってんのよ---

 赤くなってわたわたと机の上を片付けているあきに、これまた何も考えていない深成が、にこにこと捨吉を見上げて口を開いた。

「そっかぁ。あんちゃん、あきちゃんが好きなんだね~」

 ぴき、と二人が固まる。

「ななな……こら深成。何言うんだよ」

「そ、そうよ。び、びっくりするじゃない」

 トマトのような二人に迫られ、深成はきょとんとする。

「ええ? いいことじゃん? わらわも、あんちゃんもあきちゃんも好きだよ?」

「「……」」

 トマトの二人が固まった後、どっと肩を落とした。

「……か、帰ろうか」

「……そうね」

 一瞬でどっと疲れた捨吉とあきは、のろのろと身を起こし、鞄を持った。
 あきが買ってきたプリンを、冷蔵庫にしまう。

「じゃ、またお腹空いたら、これ食べなよね」

「うん、ありがとう。あんちゃんも、わざわざありがとうね」

「思ったより元気そうで良かったよ。ま、明日は休みなよね」

 軽く手を振って、二人が帰っていく。
 ふぅ、と息をつき、深成はドアに施錠すると、ベッドに戻った。