『じゃあ、俺がお前の家に行く』

 耳に入ってきた低い声に、深成は胸を張ったまま目を見開いた。
 そのまま、視線をゆっくりと部屋の中に巡らす。

 幸い大掃除を終えたところなので、部屋の中は綺麗に片付いている。
 だが狭い。

「それは構わないんだけど、わらわのお家、課長の家のリビングぐらいしかないよ?」

『十分だ。どうせ車は使えないし。お前のマンション、駐車場ないから丁度いい』

「わかった」

 ぱ、と深成が笑顔になる。
 明日は結構長々料理をしないといけない。
 人の家より、使い慣れた自分の家のほうがやりやすい。

「じゃあさ。課長、今日一緒にお買い物行かない?」

 深成は窓の外に目をやりながら言った。
 相変わらず視界の利かないぐらいの雪が降り続いている。

「もうすでに積もり始めてるもん。今のうちにお買い物に行って、お家に籠っておいたほうがいいよ。明日まで待ってて、課長が来られなくなっちゃったら悲しいし」

『……今日からお前の家にいろってことか?』

「そう」

 普通のカップルの会話だったら、結構甘い会話なのだろう。
 深成は真砂と年末年始を過ごしたいから、交通機関が麻痺する前に来て欲しい、ということなのだから。

 気持ち的にもその通りなのだが、にこにこと言う深成の表情には、甘やかな感情など窺えない。
 自分の発した言葉が、大人にとってはどういう意味を持つのかも、わかっていないだろう。

『まぁ……確かにこの調子じゃ、明日は動けない可能性が大きいしな』

 真砂もいい加減、深成のお子様加減はわかっている。
 密かにため息をつき、電話口で頷いた。

『買い物は、どこに行くんだ?』

「んと、いつもは近くのスーパーなんだけど。年末の買い物は、駅前のショッピングモールまで行きたいんだ」

『じゃあ、駅で待ち合わそう』

「うん! 早く行ったほうがいいね。課長はどれぐらいで出られる?」

 がば、と布団を跳ね除け、深成は時計を見上げた。
 今は十時二十分。

『俺は別に用意はないから……。あ、でも着替えはいるか』

「そだね。わらわの服じゃ、さすがに小さいでしょ」

『その前に、お前の服は、ふざけてそうで着たくない』

「何でさっ」

『うさぎの耳とか付いてそうだし』

「残念でした~っ! 猫耳だもんっ」

『……種類はどうでもいい』

「くまさんもあるよ。あ、くまさんのは着る毛布なんだけど、おっきいから課長でも着られるんじゃない?」

『結構だ』

「も~っ。あ、じゃあそうだな~。課長のとこから九度山駅までってどれぐらい?」

 ようやく本来の話題を取り戻した深成に、真砂が小さく息をついた。

『二十分ぐらいかな。じゃあ十二時に駅で』

「うん、わかった」

 答えるなりベッドから飛び降り、深成は携帯を切ると、ててて、と洗面所に走った。