「妹?」

「ああ。ちびっこい妹がいるぜ。……といっても、もう年頃か」

 どうもそんな気はしないが、と呟いていると、ぱたぱたぱた、という軽い足音と共に、回廊を一人の少女が歩いてきた。
 手に茶碗の載ったお盆を捧げ持っている。

「失礼いたします」

 少女は回廊に膝をつくと、ぺこりと平伏した。

「ようこそおいでくださいました。捨吉が妹、深成にございます」

 顔を伏せたまま、はきはきと名乗ると、そのまま固まった。
 そう上流階級の家でもないので、殿様用の茶托などない。
 とはいえ、手ずから茶碗を渡すのも気が引ける。

 どうしたもんか、と考えた結果、深成と名乗った娘は、盆をずいっと真砂に差し出した。
 顔は依然伏せたままなので、頭の上に盆を掲げる格好になる。

「……」

 真砂はぽかんと、深成を見た。
 しばしそのままでいると、盆を持った深成の腕が、ぷるぷると震えだした。
 平伏したまま、茶碗の載ったお盆を頭上に掲げるのは、結構辛い体勢だ。

「……あ、あの。う、上様っ。おお、お茶を……」

 早く取ってくれ、と言いたいのだろう。
 が、まさかそんなこと言えないし、顔も上げるわけにはいかない。
 必死で耐えるが、腕の震えはますます酷くなってくる。

「清五郎。こいつがさっき言ってた娘っ子か?」

 真砂が言う。
 必死な深成に笑いを噛み殺しながら、清五郎は頷いた。

「小さい、とか言ってなかったか?」

「ああ。いや、見かけは小さいだろ? 俺は昔から見てるからかな、子供の頃から変わってないような感じなんだよな」

 清五郎の言葉に、深成はちらりと顔を向けた。
 文句の一つも言いたいところだが、今はそれどころではないし、何より上様の御前だ。
 俯いたまま、真砂に気付かれないように、深成はきろりと清五郎を睨んだ。

 が、それも一瞬。
 もう腕が限界だ。

「……っ!!」

 とうとう深成の手から、お盆が滑り落ちた。
 真砂のほうへ差し出していたので、盆に載っていた茶碗は、当然真砂のほうへ転がり落ちる。

 ばしゃ、と冷えたお茶が、畳に広がった。
 がば、と深成が顔を上げる。

 一瞬だったが、真砂と目が合った。
 大きな目をいっぱいに開いて真砂を見た後、深成は額を打ち付けんばかりに、がばっと畳にへばりついた。

「もも、申し訳ありませんっ!!」

「……」

 真砂は、じっと己の前でふるふる震える深成を見つめた。
 一瞬だったが、先の深成の表情が、真砂の心を撃ち抜いたのだ。